45、恐怖のプロット
文字数 3,023文字
「『海洋資源開発コンソーシアム』は高濃度放射性廃棄物を日本海溝に投棄しようとしてるんすか?」
先に由紀子に尋ねたのはコータローだった。
「それは、REBの放射線無害化能力を確かめるためですか?」
世津奈も問いを投げる。
「そうよ。今回が初めてのテスト。コンソーシアムはREBが発見された海域に高濃度放射性廃棄物を封入したコンテナを10個投棄する」
「ちょっと待ってください。廃棄物を原発でコンテナに封入して港まで運んでくるんすよね。コンテナは放射能モレを起こさない堅牢な構造になっているはず。それを海に沈めても放射性廃棄物は漏れ出ません。それとも、コンソーシアムはコンテナを沈めてから爆破するつもりっすか?」
「海上の運搬船から低周波無線でコンテナを操作してコンテナを開閉できるようになっているのですよね。そのシステムを開発したのが、栗林さんだった」
世津奈の言葉にコータローは驚き、由紀子は落ち着いて答える。
「調べたのね」
「はい。『海洋資源開発コンソーシアム』から栗林さんの資料を取り寄せたところ、大洋重工出身の海洋生物学者と記載されていました。ですが、私は疑問を覚えたのです。民間向けの重機械と防衛省向けの護衛艦、潜水艦を製造している大洋重工が海洋生物学者を雇用している事には違和感がある」
「それで、あなた自身で調べ直したわけね」
「ええ。正確に言うと、信頼できる仲間に調べてもらいました」
世津奈は、栗林研究員の経歴を九鬼に調べてもらってあった。
「栗林さんは、帝都大学で機械工学の博士課程を修了し、大洋重工で原子炉の圧力容器と高濃度放射性廃棄物の格納コンテナの設計に携わっていました。大洋重工からMITに派遣されて核廃棄物処理について学んでいます。その時、由紀子さんが彼に近づいてブルーアースに勧誘したのではないですか?」
「彼に近づいたのは事実。でも、私は自分がブルーアースの一員だとは明かさなかった。私は正体を隠したまま栗林を情報源として利用する計画だった」
「栗林さんをハニー・トラップにかけたんすね!」
コータローが怒る。
「でも、栗林さんを罠にかけたあなたは、栗林さんと本気で愛し合ってしまった。テレビのメロドラマにできそうな話ですね」
由紀子が怒りに燃える目で世津奈をにらむ。
「私たちを馬鹿にした言い方をしないで! あなたは、誰の事も本気で愛したことがないのでしょう」
恋愛について不愉快な過去を持つ世津奈は、由紀子の言葉に反応しないことにする。世津奈は話題を変える。
「それで、あなたは、いつ栗林さんに正体を明かしたのですか?」
「彼にプロポーズされた時」
「栗林さんは由紀子さんに騙されてたことを怒ったっしょ。ボクが栗林さんなら怒ります。プロポーズも撤回します」
コータローの怒りがヒートアップする。
「彼は、私を許してくれた」
「信じらんないっすね」
恋愛経験に乏しいコータローが憤慨する。
不愉快ながらも、そこそこの恋愛経験がある世津奈は、栗林が由紀子を許したと聞いても、さほど驚かない。
「そして、栗林さんは、自らもブルーアースに加わったのですね」
「私と愛し合うようになったことだけが理由ではない。私が正体を打ち明ける前から、栗林は原子力発電の安全性に不安を抱き、原発エンジニアとしての自分の仕事に疑問を抱き始めていた。ブルーアースは、栗林は大洋重工が送り込んできたスパイではないかと疑って厳しく尋問した。でも、彼の原子力発電への疑念が本物だったから、彼はブルーアースの厳しい入会審査に合格できた」
栗林と由紀子は愛と反原発の信念の両方で固く結ばれた夫婦なのだと世津奈は思う。
「私と栗林はブルーアースが日本の原子力産業に送り込んだ黄金のスパイ・カップルだったわけ。私がカエデを生むまではね」
由紀子が溜息をつく。
「でも、ブルーアースは、あなたと栗林さんを情報源としては信頼している」
「100%ではなかった。それで、劉麗華が私たちの監視役として送り込まれてきた」
「だから、栗林さんは『海洋資源開発コンソーシアム』が高濃度放射性廃棄物の運搬船をいつどこで出航させるかという重要情報を劉麗華に伝えたわけですね」
由紀子が黙ってうなずく。
「その劉麗華がブルーアースに情報を伝える前に殺されてしまったんすね」
コータローがそう言ってから、
「あれ?」
と素っ頓狂な声を出す。
「由紀子さん、さっき『あの重要な情報が過激派に伝わっている』って言いましたよね。過激派は劉麗華から聞き出さなくても出航の日時と場所を知ることができるんすか?」
「『海洋資源開発コンソーシアム』の中に、過激派に極秘情報を流している人間がいる」
由紀子から返ってきた答えに驚き、世津奈とコータローは顔を見合わせる。
「誰ですか?」
世津奈が問うと、由紀子が首を横に振る。
「私は知らない。栗林も、知らなかった。しかし、なぜだか劉麗華がかぎつけて、私たちに警告してきた」
「だけど、劉麗華も、その人間の名前は言わなかったってことすか?」
「彼女は過激派への協力者が存在することには気づいたけれども、それが誰であるかまでは突き止めていなかったと思う」
これで、小河内ダムで劉麗華を殺したのはブルーアースを離脱した過激派だと考えて間違いないだろうと世津奈は思う。過激派は高濃度放射性廃棄物を積んだ船がいつ、どこから出航するかをコンソーシアム内の協力者から知らされていた。その情報を劉麗華から訊き出す必要はなかった。だから、劉麗華がブルーアースに情報を伝える前に殺した。
しかし……と、世津奈は思う。過激派は劉麗華を殺さなくても、傷を負わせて捕らえることもできたはずだ。そうすれば、彼らはブルーアースと衝突することになったら、劉麗華を人質に使うこともできたのに。なぜ、頭を撃ちぬいて殺したのだ?
「過激派は、劉麗華に恨みでもあったのですか?」
世津奈は由紀子に尋ねる。
「なぜ、そんな事を訊くの?」
「合理的に考えたら、あそこで彼女を殺さずに人質にする方が得策だからです」
由紀子が目を伏せる。
「劉麗華が私に話してくれたけど、彼女は日本の公安警察に過激派を密告しようとしたの。ブルーアース本部が彼女の密告を止めたそうよ。だけど、彼女は私に言っていた。日本の公安警察官と接触しているところを過激派に目撃されたかもしれないと」
「由紀子さんは、過激派が劉麗華が彼らのことを警察に密告しようとしたことを恨んで、彼女を殺したと考えているのですね?」
「そう思う」
由紀子が沈痛な面持ちで答え、うつむく。
「由紀子さん、顔を上げて私の目を見てください」
世津奈は由紀子に顔を上げさせる。
「劉麗華は過激派について何を警察に密告しようとしたのです?」
コータローが横から付け加える。
「『この人たちはテロリストです』って教えただけじじゃ、警察は動いてくんないすよ。具体的なテロ計画を教えないと、警察は動かないっす」
由紀子の目が世津奈とコータローの間を泳いだ。由紀子の視線が定まらなくなるのを初めて見たと世津奈は思う。
由紀子が渇いた唾を無理に飲み下すような音を立てた。
「彼らは、船が港に係留しているうちに放射性廃棄物のコンテナを爆破しようとたくらんでいる」
「そんなことをしたら、港の回りが……」
コータローが言いかけて止める。その顔から血の気が引いていく。
「港の周囲10キロ圏内は人間が住めないほど放射能汚染される」
由紀子が絞り出すように言った。
先に由紀子に尋ねたのはコータローだった。
「それは、REBの放射線無害化能力を確かめるためですか?」
世津奈も問いを投げる。
「そうよ。今回が初めてのテスト。コンソーシアムはREBが発見された海域に高濃度放射性廃棄物を封入したコンテナを10個投棄する」
「ちょっと待ってください。廃棄物を原発でコンテナに封入して港まで運んでくるんすよね。コンテナは放射能モレを起こさない堅牢な構造になっているはず。それを海に沈めても放射性廃棄物は漏れ出ません。それとも、コンソーシアムはコンテナを沈めてから爆破するつもりっすか?」
「海上の運搬船から低周波無線でコンテナを操作してコンテナを開閉できるようになっているのですよね。そのシステムを開発したのが、栗林さんだった」
世津奈の言葉にコータローは驚き、由紀子は落ち着いて答える。
「調べたのね」
「はい。『海洋資源開発コンソーシアム』から栗林さんの資料を取り寄せたところ、大洋重工出身の海洋生物学者と記載されていました。ですが、私は疑問を覚えたのです。民間向けの重機械と防衛省向けの護衛艦、潜水艦を製造している大洋重工が海洋生物学者を雇用している事には違和感がある」
「それで、あなた自身で調べ直したわけね」
「ええ。正確に言うと、信頼できる仲間に調べてもらいました」
世津奈は、栗林研究員の経歴を九鬼に調べてもらってあった。
「栗林さんは、帝都大学で機械工学の博士課程を修了し、大洋重工で原子炉の圧力容器と高濃度放射性廃棄物の格納コンテナの設計に携わっていました。大洋重工からMITに派遣されて核廃棄物処理について学んでいます。その時、由紀子さんが彼に近づいてブルーアースに勧誘したのではないですか?」
「彼に近づいたのは事実。でも、私は自分がブルーアースの一員だとは明かさなかった。私は正体を隠したまま栗林を情報源として利用する計画だった」
「栗林さんをハニー・トラップにかけたんすね!」
コータローが怒る。
「でも、栗林さんを罠にかけたあなたは、栗林さんと本気で愛し合ってしまった。テレビのメロドラマにできそうな話ですね」
由紀子が怒りに燃える目で世津奈をにらむ。
「私たちを馬鹿にした言い方をしないで! あなたは、誰の事も本気で愛したことがないのでしょう」
恋愛について不愉快な過去を持つ世津奈は、由紀子の言葉に反応しないことにする。世津奈は話題を変える。
「それで、あなたは、いつ栗林さんに正体を明かしたのですか?」
「彼にプロポーズされた時」
「栗林さんは由紀子さんに騙されてたことを怒ったっしょ。ボクが栗林さんなら怒ります。プロポーズも撤回します」
コータローの怒りがヒートアップする。
「彼は、私を許してくれた」
「信じらんないっすね」
恋愛経験に乏しいコータローが憤慨する。
不愉快ながらも、そこそこの恋愛経験がある世津奈は、栗林が由紀子を許したと聞いても、さほど驚かない。
「そして、栗林さんは、自らもブルーアースに加わったのですね」
「私と愛し合うようになったことだけが理由ではない。私が正体を打ち明ける前から、栗林は原子力発電の安全性に不安を抱き、原発エンジニアとしての自分の仕事に疑問を抱き始めていた。ブルーアースは、栗林は大洋重工が送り込んできたスパイではないかと疑って厳しく尋問した。でも、彼の原子力発電への疑念が本物だったから、彼はブルーアースの厳しい入会審査に合格できた」
栗林と由紀子は愛と反原発の信念の両方で固く結ばれた夫婦なのだと世津奈は思う。
「私と栗林はブルーアースが日本の原子力産業に送り込んだ黄金のスパイ・カップルだったわけ。私がカエデを生むまではね」
由紀子が溜息をつく。
「でも、ブルーアースは、あなたと栗林さんを情報源としては信頼している」
「100%ではなかった。それで、劉麗華が私たちの監視役として送り込まれてきた」
「だから、栗林さんは『海洋資源開発コンソーシアム』が高濃度放射性廃棄物の運搬船をいつどこで出航させるかという重要情報を劉麗華に伝えたわけですね」
由紀子が黙ってうなずく。
「その劉麗華がブルーアースに情報を伝える前に殺されてしまったんすね」
コータローがそう言ってから、
「あれ?」
と素っ頓狂な声を出す。
「由紀子さん、さっき『あの重要な情報が過激派に伝わっている』って言いましたよね。過激派は劉麗華から聞き出さなくても出航の日時と場所を知ることができるんすか?」
「『海洋資源開発コンソーシアム』の中に、過激派に極秘情報を流している人間がいる」
由紀子から返ってきた答えに驚き、世津奈とコータローは顔を見合わせる。
「誰ですか?」
世津奈が問うと、由紀子が首を横に振る。
「私は知らない。栗林も、知らなかった。しかし、なぜだか劉麗華がかぎつけて、私たちに警告してきた」
「だけど、劉麗華も、その人間の名前は言わなかったってことすか?」
「彼女は過激派への協力者が存在することには気づいたけれども、それが誰であるかまでは突き止めていなかったと思う」
これで、小河内ダムで劉麗華を殺したのはブルーアースを離脱した過激派だと考えて間違いないだろうと世津奈は思う。過激派は高濃度放射性廃棄物を積んだ船がいつ、どこから出航するかをコンソーシアム内の協力者から知らされていた。その情報を劉麗華から訊き出す必要はなかった。だから、劉麗華がブルーアースに情報を伝える前に殺した。
しかし……と、世津奈は思う。過激派は劉麗華を殺さなくても、傷を負わせて捕らえることもできたはずだ。そうすれば、彼らはブルーアースと衝突することになったら、劉麗華を人質に使うこともできたのに。なぜ、頭を撃ちぬいて殺したのだ?
「過激派は、劉麗華に恨みでもあったのですか?」
世津奈は由紀子に尋ねる。
「なぜ、そんな事を訊くの?」
「合理的に考えたら、あそこで彼女を殺さずに人質にする方が得策だからです」
由紀子が目を伏せる。
「劉麗華が私に話してくれたけど、彼女は日本の公安警察に過激派を密告しようとしたの。ブルーアース本部が彼女の密告を止めたそうよ。だけど、彼女は私に言っていた。日本の公安警察官と接触しているところを過激派に目撃されたかもしれないと」
「由紀子さんは、過激派が劉麗華が彼らのことを警察に密告しようとしたことを恨んで、彼女を殺したと考えているのですね?」
「そう思う」
由紀子が沈痛な面持ちで答え、うつむく。
「由紀子さん、顔を上げて私の目を見てください」
世津奈は由紀子に顔を上げさせる。
「劉麗華は過激派について何を警察に密告しようとしたのです?」
コータローが横から付け加える。
「『この人たちはテロリストです』って教えただけじじゃ、警察は動いてくんないすよ。具体的なテロ計画を教えないと、警察は動かないっす」
由紀子の目が世津奈とコータローの間を泳いだ。由紀子の視線が定まらなくなるのを初めて見たと世津奈は思う。
由紀子が渇いた唾を無理に飲み下すような音を立てた。
「彼らは、船が港に係留しているうちに放射性廃棄物のコンテナを爆破しようとたくらんでいる」
「そんなことをしたら、港の回りが……」
コータローが言いかけて止める。その顔から血の気が引いていく。
「港の周囲10キロ圏内は人間が住めないほど放射能汚染される」
由紀子が絞り出すように言った。