12. 政府は、有権者がREBを信じるよう仕向けるだけでよい

文字数 1,327文字

 放射能を無害化するバクテリアが見つかった。事実なら、原発建設に追い風になる情報だ。それを原発推進派の政府が否定するのは矛盾した行為のようで、世津奈にはピンとこないのだ。
 世津奈が話についてきていないのに気付いたのだろう、コータローがニヤリとした。

「宝生さん、政府は取り巻きの学者や評論家に観測気球を上げさせて、世論の動向をみるじゃないすか。同じ手を使えばいいんすよ」
「え?」
世津奈には、まだ呑み込めない。
「政府は『海洋資源開発コンソーシアム』にREBを発見したと発表させ、政府公式見解ではREBを否定するんす。政府が否定してもメディアは放っておきません。新聞・雑誌・テレビ・SNS上を情報が飛び交い、投票日までには、REBの存在は有権者の頭にシッカリ刷り込まれます」

「REBは、原発推進を図っている政府にとっては天の助けだよ。それを政府が否定するのは、どうしても違和感があるよ」
「まだ、そこで引っかかってるんすか? うーん、『否定する』と言ったのがいけなかったなぁ。肯定とも否定ともつかない政治コトバを使うんすよ」

「政治コトバ?」
「ええ、例えば、官房長官がメディアからREBについて意見を求められたら、こんな風に答えるんす。『REBは発見されたばかりで、国民の命を託す技術として信頼に足るものであるかどうか、判断できる材料が圧倒的に不足しております。したがって、政府といたしましては、今回の発見が、高濃度汚染物質の地層処理という方針に何ら影響を与えるものではないと考えております』」
コータローがメガネの向こうで眼玉をクルクル回した。
「似てる!そっくりじゃない。なんで、コー君、官房長官のマネがそんなに上手なの?」
「国会中継を録画して、週末に見てるんす」
「国営放送が昼過ぎから延々と流している、あの退屈な中継のこと?」
 
 コータローの顔が「講師」のそれから、いつもの「ガキ面」に戻った。
「宝生さん、違いますって。退屈どころか、メッチャ面白いんすから。一国の総理大臣がですよ、与党議員のヨイショ質問で、うれしそ~にニタニタするんすよ。一方で、野党の女性議員のネチネチ質問にはブチ切れる。この間なんか、切れたあげくに、自分が池井商会に個人的便宜を図った事実があったら、総理大臣どころか議員を辞めるとまで、言っちゃったんすから。総理大臣がスキャンダルひとつで議員辞職。おもろいっしょ!」
 
 その場面は、世津奈もテレビのニュースショーで見た。状況はかなりクロに近いグレーなのに、野党議員の追及にブチ切れてあんな危険発言をするとは、この人には政治家としてのプロフェッショナリズムが欠けているのではないかと思ったものだ。
 
 コータローが楽しくて仕方なさそうに続ける。
「答弁の途中でしどろもどろになる大臣がいるんすよ。それで、役人が出てきてノラリクラリとかわすんすけど、その間ずーっと、2チャンネルも真っ青みたいな野次が飛びかうんです。国会中継は、下手なお笑い番組より、ずっと笑えますって」
「それって、お笑い番組よりもっと笑える国会で、この国の未来が決まるってこと?」
世津奈の口からため息が漏れた。

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登場人物紹介

宝生世津奈

2年前まで、警視庁生活安全部・生活経済課で産業スパイ事件を担当していた。警察が自らの権威を守るために過ちを認めようとしない姿勢に嫌気がさして警察を辞め、民間で産業スパイ案件を調査する「京橋テクノサービス」に転職してきた。

小柄で骨太だが、身体に占める手足の比率が高いので、すらっとしたモデル体型に、見えなくもない。

穏やかだが、肚が据わっていて、いざとなると、思い切った行動がとれる。

受験に数学のない私大出身の純・文系なので、実は、科学には、あまり強くない。

コータロー(菊村 幸太郎)

「京橋テクノサービス」で、世津奈とバディを組んでいる。

一流国立大学の数学科を卒業、同じ大学の大学院で応用数学の修士号を取り、さらに数量経済学の博士課程に進んだが、そこで強烈なアカデミック・ハラスメントにあい、引きこもりとなって2年間を過ごす。親戚の手で無理やり家から引きずり出されて、「京橋テクノサービス」に入社させられた。

頭脳明晰だが、精神年齢が幼い。普段は「ヘタレ」なのだが、時々、思い切った行動に出て、世津奈をハラハラさせる。IT、メカの操作、自動車の運転に優れている。

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