41、お払い箱

文字数 2,806文字

 コータローが九鬼が出してくれたコカ・コーラで口を潤してから、残念そうな口調で言う。
「これでREBが実在することがハッキリしちゃいましたね」
 コータローは断固として原発反対なので、原発建設を後押しする可能性のあるREBが実在することを快く思っていない。
 
 玲子が世津奈に言う。
「栗林研究員は本物のREBを研究していたのよ。あなたがこの証拠を栗林由紀子につきつけたら、由紀子は栗林とREB情報をやり取りしていた事を白状するに違いない」

「由紀子はそこまでは白状するでしょう。でも、私は、由紀子と栗林は何らかの組織のためにREB情報を収集していたのだと思う。私は、その組織の正体と目的を知りたい」

「今までの由紀子さんの態度を見る限り、そこまで白状するとは思えないっす。また、のらりくらりとはぐらかされますよ」
コータローが肩をすくめる。
「コー君の言う通りだわ。由紀子さんに組織のことまで話させる上手い方法はないかしら?」

 九鬼がバーボンで口を湿しながら言う。
「由紀子を泳がせてみたらどうだ?」
「由紀子さんを解放して、組織の方から彼女に接触させるわけですね」
世津奈が問い返すと、九鬼が黙ってうなずく。

「それって、由紀子さんだけ解放してカエデちゃんはここに残すってことですよね。由紀子さんの組織に敵対する組織がいるのは確実なんすよ。カエデちゃんまで危険な目にあわせたくないっす」
コータローが慌てたように言う。
 
 玲子がコータローに応える。
「いいえ。由紀子を解放するなら、娘も一緒に解放しなければ不自然だわ」
 世津奈もコータローと同じ不安を感じているが、ここは玲子の意見が合理的だと思う。

「カエデちゃんも一緒に解放する」
世津奈が言いきると、コータローが世津奈を非難する。
「宝生さん、どうしてそんな冷たい事を考えられるんすか?」

「そもそも、4歳の娘を自分たちの危険な活動に巻き込んだ由紀子さんと栗林が悪いのだと、私は思うけど」
世津奈は、コータローに反論すると言うより、自分を納得させようとしていた。

 世津奈は社長室に行き、由紀子とカエデを解放して泳がせる案を社長に伝え、承認を得た。

 30分後、世津奈は由紀子を取調室に呼び出した。前回同様、コーターローも同席する。
「こうして呼び出されたところを見ると、あなたたちが新しい証拠を見つけたのかしら」
玲子が世津奈をバカにした顔つきで言う。この女性のいつもの調子だ。

「玲子さんは『海洋資源開発コンソーシアム』が保有していると称するREBは実在しないとおっしゃいましたね」
「同じことを何度言わせるの? その話の繰り返しなら、私は部屋へ帰るわよ」

 イスから立ち上がりかける由紀子の背中にコータローが言葉をかける。
「ボクたち、『海洋資源開発コンソーシアム』が本当にREBを保有してるって証拠を見つけちゃったんすよ」
 由紀子が半腰で止まった。

 世津奈は由紀子の顔をじっと見る。額の血管が震え始めている。世津奈が由紀子の反応を確かめるのに専念するため、コータローが証拠の話をする役割分担にしてある。

「どこで、どんな証拠を?」
由紀子が椅子に腰を下ろし、尋ねる。
 由紀子の問いに答えようとするコータローを目で制し、代わりに世津奈が応じる。
「それは、もうご存じでしょう。あなたは、栗林さんから答えを聞かされていた」
「彼からは、何も聞いていない。あなた達こそ、証拠を見つけたというのだから、私に具体的に教えるべきだわ」

 コータローが世津奈に尋ねる。
「ボク、どぉしましょうか? 質問に答えてあげていいっすか?」
「その必要はないわ。どこでどのような証拠を見つけたかを由紀子さんに教えてあげても、この人はあなたが騙されているだけだと言うに違いない」
「そぉっすか? あれほど確かな証拠なのに?」

 世津奈は由紀子の表情をじっと観察する。めったに視線を動かさない由紀子が目を泳がせている。由紀子は、世津奈たちにはREBが実在する証拠を見つけられないものと想定していたようだ。由紀子は思いがけない展開に動揺している。

「ボクらは、つかんだ情報は本物だと確信しています。約束通り、あなたと栗林さんとREBの関係を教えてください」
コータローが由紀子にたたみかける。
「バカを言わないで。あなたたちは、どんな証拠を見つけたのか、私に話そうとしない。それでは、約束を果たした事にならない」
 
 世津奈は、由紀子の額で血管がビクビク震えているのを見た。由紀子の動揺が増している。ここで、もうひと揺さぶりかけておこう。

「どんな証拠かをあなたに話しても、私たちには何のメリットもありません。あなたは、それは虚偽の証拠だと言い張って、私たちへの協力を拒むに違いないからです」
世津奈は冷たく言い切る。

「ボクらが証拠を見つけ、それが本物だと確信していれば、あなたから協力を引き出すのに十分なんすよ」
コータローも突き離した言い方をする。

「はっ、ふざけないでよ」
由紀子が吐き出すように言う。
「こんな不合理な話に誰が付き合うと思ってるの?」
由紀子の声に怒りが現れる。

「お嫌ですか?」
世津奈は落ち着いた声で尋ねる。
「嫌に決まってるでしょ! もともと、あなた達に話す事なんか、何もないのだから」
「あれ、何も話すネタのない人をここにお引止めしちゃ、マズイんじゃないすか?」
コータローが言う。

「そうね。不当拘禁になってしまう。コー君、社長に電話して、由紀子さんとカエデさんを解放すると伝えて」
「了解っす」
コータローが事情聴取室の内線電話に手を伸ばす。

 由紀子が立ち上がり、コータローの手を押さえつける。
「あなた達には、私とカエデを保護する義務がある。『海洋資源開発コンソーシアム』から私とカエデを保護するよう指示されたことを忘れたの?」
「宝生さん、そうなんすか?」
「私は聞いていないわ」
「とぼけないで。お宅の社長が知っているはずよ」
「コータローは、その社長に電話しようとしているのです。彼から手を離していただけますか?」

 コータローが受話器を取り上げ、社長室を呼び出す。コータローと社長が話す声が室内に流れ出す。
「栗林由紀子さんからこれ以上聞き出せる情報はありません」
コータローが言う。
「それは確かなの? 宝生ちゃんも同じ意見?」
社長が尋ねる。
「はい、宝生さんがそう判断しました」
「では、仕方ないわね。宝生ちゃんとあーたで、由紀子さんとカエデちゃんをご自宅までお送りしなさい」

 由紀子がコータローから受話器をひったくる。
「社長さん、あなた、『海洋資源開発コンソーシアム』から私たちの保護を命じられているはずでしょ」
「あぁ、そのオーダーは撤回されました」
高山がしゃしゃあとウソをつく。

「そんなバカな」
 と、由紀子。
「宝生とコータローが、由紀子さんとカエデさんをご自宅までお送りします」
社長が電話を切り、由紀子が受話器を取り落とした。
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登場人物紹介

宝生世津奈

2年前まで、警視庁生活安全部・生活経済課で産業スパイ事件を担当していた。警察が自らの権威を守るために過ちを認めようとしない姿勢に嫌気がさして警察を辞め、民間で産業スパイ案件を調査する「京橋テクノサービス」に転職してきた。

小柄で骨太だが、身体に占める手足の比率が高いので、すらっとしたモデル体型に、見えなくもない。

穏やかだが、肚が据わっていて、いざとなると、思い切った行動がとれる。

受験に数学のない私大出身の純・文系なので、実は、科学には、あまり強くない。

コータロー(菊村 幸太郎)

「京橋テクノサービス」で、世津奈とバディを組んでいる。

一流国立大学の数学科を卒業、同じ大学の大学院で応用数学の修士号を取り、さらに数量経済学の博士課程に進んだが、そこで強烈なアカデミック・ハラスメントにあい、引きこもりとなって2年間を過ごす。親戚の手で無理やり家から引きずり出されて、「京橋テクノサービス」に入社させられた。

頭脳明晰だが、精神年齢が幼い。普段は「ヘタレ」なのだが、時々、思い切った行動に出て、世津奈をハラハラさせる。IT、メカの操作、自動車の運転に優れている。

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