24、特別な許し

文字数 963文字

 高山社長が、由紀子を迎えにカエデの病室に現れた。カエデはすやすやと寝息を立てて眠っている。
「うちの調査員の不始末でお嬢様が大変な事になってしまい、申し訳ありません」
高山がいつもより声を2オクターブほど下げて、丁重に詫びる。

「まったく、ホテルでのぬるい警護といい、ガソリンスタンドでの闇雲な銃撃戦といい、実にプロらしいお仕事ぶりに感嘆しています」
由紀子が皮肉たっぷりな口調でマウントを取りに来る。

「誠に仰せの通りで、社長として部下指導の至らなさを痛感いたしております」
高山が小柄な身体をほぼ直角に折り曲げ、深々と頭を下げる。
 高山は、マウントを取りに来る相手には、即、満足感を与える。その後、必要とあればいつでも立場をひっくり返せる自信があるのだ。警察時代からクセのある連中と散々付き合ってきた世津奈から見ても、高山は実に食えないタヌキだ。

 高山は、見舞いの品に比較的小ぶりな花束を持ってきていた。加えて、新品の花瓶も。大きな花束は、狭い相部屋では置き場に困る。病室に花瓶の備え付けはないから生ける物にも困る。
 菓子というオプションもあるが、病人はたいてい食事制限されているし、退院後に食べてもらうにしても好き嫌いとアレルギーがある。果物は剥く必要がある上に、日持ちしない。
 だから、小ぶりの花束に花瓶をつけて持参する。いかにも高山らしい散文的・実用的な発想だ。
「宝生、あなた、後で水を入れておきなさい」
「はい」

「カエデをよろしく頼みますよ。今度は失態のないように」
世津奈の上に由紀子の声と視線が降ってくる。
「はい」

「では、行きます」
由紀子が眠っているカエデに背を向け、病室を出て行こうとする。世津奈は慌てる。
――お母さん、お待ちあれ。「目を覚ましたら、隣には赤の他人」では、4歳のお嬢さんにショック大きすぎません? お母さんから事情をご説明いただきたいです。
 由紀子が肩越しに振りかえった。
「カエデを起こすと、引き留められます。ぐずられたくないので、このまま行きます。後は、よろしく。一晩中、折り畳み椅子では疲れるでしょう。特別に、カエデと添い寝する事を許します」
由紀子は世津奈の腹の内を見透かしたような事を言いおいて、高山と一緒に病室を出て行った。








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登場人物紹介

宝生世津奈

2年前まで、警視庁生活安全部・生活経済課で産業スパイ事件を担当していた。警察が自らの権威を守るために過ちを認めようとしない姿勢に嫌気がさして警察を辞め、民間で産業スパイ案件を調査する「京橋テクノサービス」に転職してきた。

小柄で骨太だが、身体に占める手足の比率が高いので、すらっとしたモデル体型に、見えなくもない。

穏やかだが、肚が据わっていて、いざとなると、思い切った行動がとれる。

受験に数学のない私大出身の純・文系なので、実は、科学には、あまり強くない。

コータロー(菊村 幸太郎)

「京橋テクノサービス」で、世津奈とバディを組んでいる。

一流国立大学の数学科を卒業、同じ大学の大学院で応用数学の修士号を取り、さらに数量経済学の博士課程に進んだが、そこで強烈なアカデミック・ハラスメントにあい、引きこもりとなって2年間を過ごす。親戚の手で無理やり家から引きずり出されて、「京橋テクノサービス」に入社させられた。

頭脳明晰だが、精神年齢が幼い。普段は「ヘタレ」なのだが、時々、思い切った行動に出て、世津奈をハラハラさせる。IT、メカの操作、自動車の運転に優れている。

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