27、自ら手を下すのはリスクが大きすぎる

文字数 1,848文字

 高山がピンクのセルメガネを外し、上目で部屋の天井を見る。判断に悩んでいる時のクセだ。
「栗林さんをコンソーシアム保安部から助け出すかどうか? 実に、悩ましい」
メガネをかけ直し、小さくため息をつく。
すかさず、由紀子が高山に圧力をかけにかかる。
「おたくの会社の専門家も、私の意見に同意してくれました。REBは、『海洋資源開発コンソーシアム』のデッチ上げ。栗林は善意の内部通報者です」

 ここは、「京橋テクノサービス」の第一応接室。さすがの高山も、由紀子を炎暑地獄の社長室に招き入れる事は遠慮したのだろう。冷たい飲み物まで出されていて、ここは極楽だ。カエデは、隣接する第二応接室で雑誌を読んでいる。防音は完璧だから、この会話をカエデに聞かれることはない。
「お母さんとお話しする間、ここで待っててね」
 という世津奈の言葉に、カエデは大人しく「いいよ」と答えた。世津奈は、どこまで聞き分けの良い子なのだろうと感心しつつ、多少の違和感も覚えていた。

「栗林さんが善意の内部通報者だったら、こうしている間にも、コンクリ―ト詰めで東京湾に沈められちゃいますよ。そうなったら、ボクらみんな、寝覚めが悪いっす」
コータローが由紀子に加勢する。
 高山が顔をしかめた。
「はぁ、コータロー、あ~た、なに言ってんの? 東京湾に沈めるのは、消したことを秘密にするためよ。私たちが知らないうちに栗林さんは沈められる。したがって、私たちが寝覚めが悪くなることは、ない」
「『知らぬが仏』ですか?」
由紀子が痛い所を突く。高山が由紀子をにらむ。相手が由紀子でなかったら、怒りを爆発させているところだ。

「あのねぇ、あ~たたち、気楽に栗林さんを助けに行こうと言ってくれるけど、もし、彼が善意の内部通報者でなかったら、私たちはクライエント裏切ることになる。悪い噂はすぐに伝わって、私たちは業界で干される。会社がつぶれ、社員とその家族が路頭に迷う。コータローも宝生ちゃんも平社員だから、気楽なのよ。社長の責任は重いの。あれ、そう言えば、宝生ちゃん、あ~た、さっきからダンマリ決め込んでるど、何も考えてないとは言わせないわよ」
矢が飛んできた。

「栗林さんが殺されて沈められるとか、埋められるとか、決まったわけではありません」
世津奈がそう答えると、すぐに由紀子が飛びかかってきた。
「なに、ヌルい事、言ってるの? 栗林を無理やり引き立てて行った連中よ。最悪の事態を想定すべきでしょ」
「では、由紀子さんとカエデさんを拉致したのは、何者なんでしょう?」
世津奈は由紀子に問い返す。

「話をそらさないで」
「気になります」
「コンソーシアムの保安部に決まってるでしょ。栗林がなかなか白状しないから、私とカエデを脅しの材料に使おうとしたのよ」
「それなら、なぜ、お二人を栗林さんの監禁場所に連れて行かなかったのでしょう? バンに乗せて都内を走り回っていた理由がわかりません」
「どこにいようと、身柄を確保していることが大事なのよ。いつでも、手を下せるでしょ」
「なるほど」

「宝生ちゃん、なに、話をそらしてんのよ。今の問題は、栗林研究員をコンソーシアムの保安部から助け出すかどうかって、ことなのよ」
高林がイラついた声で世津奈を非難する。
「私たちが決定を下すには、情報が不十分です」
世津奈は答える。
 当然、由紀子が黙っていなかった。
「あなた、矛盾したことを言わないで! おたくの専門家は、私の見解に同意したのよ。私の見解を専門家に評価させて栗林を助けるかどうかを決める。そう言いだしたのは、あなたよ」
「確かにそう言いました。ですが、社長から社員とその家族を持ち出されて、もう少し慎重になった方がイイと思い直しました」
「宝生さん、ぐずぐずしてると、栗林さんが殺されちゃうかもしれませんよ」
相棒のコータローからも非難される。

「私たちは動かず、他の人間に任せるというのは、どうでしょう? 例えば、由紀子さんのお友達とか?」
世津奈が由紀子の目に視線を合わせると、由紀子が挑むような視線を返してきた。
「私には、親しい友人はいない」
「本当に?」
「何を根拠に、私に栗林を助けに行ってくれる友人がいると思うの?」
「なんとなく、そんな気がしただけです」
カエデの話が根拠だと言うと、告げ口をすることになってしまう。

「では、私の友人に頼みます」
世津奈の言葉に、高山、コータロー、由紀子の3人が驚いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

宝生世津奈

2年前まで、警視庁生活安全部・生活経済課で産業スパイ事件を担当していた。警察が自らの権威を守るために過ちを認めようとしない姿勢に嫌気がさして警察を辞め、民間で産業スパイ案件を調査する「京橋テクノサービス」に転職してきた。

小柄で骨太だが、身体に占める手足の比率が高いので、すらっとしたモデル体型に、見えなくもない。

穏やかだが、肚が据わっていて、いざとなると、思い切った行動がとれる。

受験に数学のない私大出身の純・文系なので、実は、科学には、あまり強くない。

コータロー(菊村 幸太郎)

「京橋テクノサービス」で、世津奈とバディを組んでいる。

一流国立大学の数学科を卒業、同じ大学の大学院で応用数学の修士号を取り、さらに数量経済学の博士課程に進んだが、そこで強烈なアカデミック・ハラスメントにあい、引きこもりとなって2年間を過ごす。親戚の手で無理やり家から引きずり出されて、「京橋テクノサービス」に入社させられた。

頭脳明晰だが、精神年齢が幼い。普段は「ヘタレ」なのだが、時々、思い切った行動に出て、世津奈をハラハラさせる。IT、メカの操作、自動車の運転に優れている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み