３．事情聴取

　世津奈とコータローは柳田部長を引き立てて大通りに出た。2人はタクシーを拾い京橋テクノサービス本社に帰り、柳田部長を事情聴取室に連れ込む。

　３メートル四方の狭い部屋の中央にデスクがある。デスクを挟んで世津奈と柳田が相対する。部屋の隅に供述記録用のノートパソコンを置いた小さなテーブルがある。コータローが席につく。三脚に載せたビデオカメラが広角レンズで世津奈と柳田双方の顔を撮影し、音声も録音している。
　
「彼女は、学界の後のパーティ会場で私に近づいてきて、『日本近海の海洋資源に関心があるから、是非雇って欲しい』と言った。私は彼女の熱心さに打たれた。だから、彼女を倉田総務部長に紹介した。彼女を雇うと決めたのは倉田だ」
柳田は倉田総務部長に責任を転嫁しようとする。

「日本近海の海洋資源は、日本の国益に直結することではないですか？」
世津奈は柳田の目をのぞき込みながら尋ねる。
「普通、外国人がそれに興味を示してきたら、疑うと思うのですが」
　と続ける。
「あの女を雇ったのは倉田だと言ったはずだ」
柳田が世津奈をにらんでくる。柳田の視線が「オンナが何を言うか」と言っている。世津奈は警察にいた間に、この視線を毎日のように浴びせられた。今さら不快感も何もない。

「私は、倉田総務部長があなたのご意向を忖度して彼女を雇ったのだと考えています」
「貴様は、大洋重工のマネジャーを貶めるつもりか。上位者への忖度から採用を決めるような愚かなマンジャーは大洋重工にはおらん。倉田は彼女に経歴書を提出させた。奴は十分に吟味して採用を決めたのだ。MITで海洋研究の博士号を取得した後、全米でもトップレベルの「グローバル・オーシャン研究所」に3年間勤務していたそうだ。論文も、数本出していて、『深海技術センター』の並みの研究員のはるかに上をいく学歴と実績の持ち主だったから採用したと、言っていた」

「あなたは、彼女の経歴書や論文を点検なさらなかったのですか？」
「採用は、倉田総務部長に全て任せてある」
　立派な経歴と論文をねつ造するのは、産業スパイのお家芸だ。それでも、柳田部長がエンジニアの視点で細かく点検していれば見破ることができたかもしれない。柳田はそれをしなかった。「初めに採用ありき」だったのだ。

「わかりました。採用後は、あなたが彼女を直接管理していらしたのですか？」
「違う。彼女を栗林研究員の助手につけた」
　さすがに、柳田は女性研究者を自分の直属の部下にするのは気が引けたと見える。
「あのオンナの事なら、私より栗林の方が、ずっと詳しい。あのオンナと毎日仕事を共にしていたのは、栗林だ。あのオンナの事は、栗林に訊け」
今度は、柳田は部下に責任を転嫁する。
　しかし、日常的に産業スパイの女性と接していた栗林研究員が彼女に情報を漏らしていた可能性は十分あり得る。栗林研究員もチェックする必要がある。

　その時、事情聴取室の内線電話が鳴った。コータローが受話器を取る。
「えっ、まだ事情聴取中が終わってないっす……中断するんすか……は？……わかりました」
「社長？」
「えぇ、社長が、ボクらにただちに社長室に来いと言っています」
　
　この展開は、世津奈が予想していた通りだ。会社のルールでは社長に状況報告してから事情聴取を始めるべきなのだ。ただ、社長との話は長くなりがちだ。世津奈は終電前に少しでも聴取を進めておくために、社長報告を飛ばして聴取に入ったのだ。
「柳田部長、すぐに戻りますので、少々お待ちください」
世津奈とコータローは、柳田部長を残して事情聴取室を後にした。