35、REBは実在し、その存在を否定して得する者がいるのでは?
文字数 2,059文字
「栗林さんと由紀子夫人、劉麗華。この3人の接点を探るったって、どうやるんすか?」
世津奈のプランを聞いたコータローに口を尖らせて問い返され、世津奈は、実は具体的な方法論を考えていなかったことに気づいた。
劉麗華は偽名の可能性が高く、名前をたどって本人にに行き着くとは思えない。栗林と由紀子の出身大学をあたっても個人情報保護が厳しい当節、表玄関から入って役立つ情報が得られるとも思えない。
であれば、大学のシステムをハッキングするしかないのだが、それは世津奈の趣味ではない。他に手がないなら、趣味にこだわってもいられないのだが……
ハッキングの前に出来ることはないかと頭をひねっていた世津奈は、由紀子がアメリカの海洋生物研究所で働いていたと言ったのを思い出した。アメリカで論文とか書いていないかしら? 由紀子が書いた論文を読めば、由紀子とREBの関りがもっとはっきり見えてくる可能性がある。
「コー君、学術論文のネット検索はお手の物だったわね」とコータローに言ってから、コータローがアカハラに遭い博士課程をドロップアウトしたことを今でも悔いているのを思い出し、もう少しマシな言い方があったはずと後悔したものの、時すでに遅く「博士課程の落ちこぼれっすから」と、コータローから自嘲の言葉が返ってきた。
今さらコータローに謝ったところで傷口に塩を塗り込むだけだと世津奈は思い、「海洋生物学関係で『栗林由紀子』または『片山由紀子』名でアメリカで発表された論文を調べて」と、事務的に依頼する。
「片山?」といぶかしむコータローに、片山は由紀子の旧姓であり栗林と結婚する前に発表した論文があるかもしれないと伝えると、コータローから「はぁ」と気のない反応が返ってくる。
コータローに気乗りしない仕事を押し付けて申し訳ないと思う一方、コータローが実はなかなかの完全主義者であることを知っている世津奈は、コータローが気乗りする・しないに関わらず、きちっと調べ上げるに違いないと確信していた。
さて自分はどうするかと考えを巡らせ始めた世津奈は、自分がいつの間にかREBが実在しないのを自明の事として受け入れてしまっていたことに気づいた。
REBが実在しないと初めに言ったのはコータローで、次に由紀子が同じことを言い、彼女の意見に「京橋テクノサービス」の物理の専門家が賛同した。物理の専門家の判断には相当程度の科学的裏付があると考えるべきだが、だとしても、それは、REBという未知の存在についての「意見」の域を出るものではない。もっと言ってしまえば、「主観」だ。
コータローと由紀子は、実在しないREBが存在すると偽ることで日本政府が得すると言った。では、実在するREBを存在しないと偽ることで得する人間はいないのだろうか?
会社の専門家に得はない。断固たる原発反対論者のコータローはREBが実在すると原発建設の追い風になって不都合だと思っているから、彼にとっては、REBがない方が得ということになる。
もっとも、それは、コータローが、すでに大量に積みあがっている高レベル放射性廃棄物の事を失念しているからだ。REBが実在すれば、高レベル放射性廃棄物の処理に悩む人類にとっての福音なのだ。
それでは、由紀子はどうだ? 彼女は栗林とREBについて語り合ったことはないと言った。にもかかわらず、彼女はREBの不在を確信している。その確信は、本当に、彼女の海洋生物学者としての知見から来ているのだろうか? それとも、REBが存在しない方が彼女にとって得だから、REBの実在を強く否定しているのか?
REBが実在する事を否定することで得をする人間がいるとしたら、それは、どのような者か?
ひとつの候補者は、コータローのような断固たる原発反対論者。ただし、そうした人間の発想からは、目の前の高レベル放射性廃棄物をどう処理するかという観点が抜け落ちている。
もうひとつの候補者は、「海洋資源開発コンソーシアム」以外でREBそのもの、または、REBに取って代わるものを所有ないし発見している人物または組織だ。
由紀子は、そのような組織の一員なのではないか? そう仮定した場合は、由紀子と栗林、劉麗華の共犯関係が成立しそうになくなり、それは世津奈がカエデと由紀子から得た心証とは矛盾してくるのだが、それでも、この可能性は追及する価値があると世津奈は考えた。
世津奈は少し悩んだが、覚悟を決めて、パソコンで論文検索をしているコータローに声をかけた。
「由紀子さんは、『海洋資源開発コンソーシアム』がREBを発見する前からREBの存在を予想していた可能性がある。だから、がっちり調べて。お願い」
コータローが肩越しに「えっ?」という顔を向けてくるので、世津奈は「ちょっとお茶でもして話そう」と言い、廊下に出て自販機の缶コーヒーを2本買って、部屋に戻った。
世津奈のプランを聞いたコータローに口を尖らせて問い返され、世津奈は、実は具体的な方法論を考えていなかったことに気づいた。
劉麗華は偽名の可能性が高く、名前をたどって本人にに行き着くとは思えない。栗林と由紀子の出身大学をあたっても個人情報保護が厳しい当節、表玄関から入って役立つ情報が得られるとも思えない。
であれば、大学のシステムをハッキングするしかないのだが、それは世津奈の趣味ではない。他に手がないなら、趣味にこだわってもいられないのだが……
ハッキングの前に出来ることはないかと頭をひねっていた世津奈は、由紀子がアメリカの海洋生物研究所で働いていたと言ったのを思い出した。アメリカで論文とか書いていないかしら? 由紀子が書いた論文を読めば、由紀子とREBの関りがもっとはっきり見えてくる可能性がある。
「コー君、学術論文のネット検索はお手の物だったわね」とコータローに言ってから、コータローがアカハラに遭い博士課程をドロップアウトしたことを今でも悔いているのを思い出し、もう少しマシな言い方があったはずと後悔したものの、時すでに遅く「博士課程の落ちこぼれっすから」と、コータローから自嘲の言葉が返ってきた。
今さらコータローに謝ったところで傷口に塩を塗り込むだけだと世津奈は思い、「海洋生物学関係で『栗林由紀子』または『片山由紀子』名でアメリカで発表された論文を調べて」と、事務的に依頼する。
「片山?」といぶかしむコータローに、片山は由紀子の旧姓であり栗林と結婚する前に発表した論文があるかもしれないと伝えると、コータローから「はぁ」と気のない反応が返ってくる。
コータローに気乗りしない仕事を押し付けて申し訳ないと思う一方、コータローが実はなかなかの完全主義者であることを知っている世津奈は、コータローが気乗りする・しないに関わらず、きちっと調べ上げるに違いないと確信していた。
さて自分はどうするかと考えを巡らせ始めた世津奈は、自分がいつの間にかREBが実在しないのを自明の事として受け入れてしまっていたことに気づいた。
REBが実在しないと初めに言ったのはコータローで、次に由紀子が同じことを言い、彼女の意見に「京橋テクノサービス」の物理の専門家が賛同した。物理の専門家の判断には相当程度の科学的裏付があると考えるべきだが、だとしても、それは、REBという未知の存在についての「意見」の域を出るものではない。もっと言ってしまえば、「主観」だ。
コータローと由紀子は、実在しないREBが存在すると偽ることで日本政府が得すると言った。では、実在するREBを存在しないと偽ることで得する人間はいないのだろうか?
会社の専門家に得はない。断固たる原発反対論者のコータローはREBが実在すると原発建設の追い風になって不都合だと思っているから、彼にとっては、REBがない方が得ということになる。
もっとも、それは、コータローが、すでに大量に積みあがっている高レベル放射性廃棄物の事を失念しているからだ。REBが実在すれば、高レベル放射性廃棄物の処理に悩む人類にとっての福音なのだ。
それでは、由紀子はどうだ? 彼女は栗林とREBについて語り合ったことはないと言った。にもかかわらず、彼女はREBの不在を確信している。その確信は、本当に、彼女の海洋生物学者としての知見から来ているのだろうか? それとも、REBが存在しない方が彼女にとって得だから、REBの実在を強く否定しているのか?
REBが実在する事を否定することで得をする人間がいるとしたら、それは、どのような者か?
ひとつの候補者は、コータローのような断固たる原発反対論者。ただし、そうした人間の発想からは、目の前の高レベル放射性廃棄物をどう処理するかという観点が抜け落ちている。
もうひとつの候補者は、「海洋資源開発コンソーシアム」以外でREBそのもの、または、REBに取って代わるものを所有ないし発見している人物または組織だ。
由紀子は、そのような組織の一員なのではないか? そう仮定した場合は、由紀子と栗林、劉麗華の共犯関係が成立しそうになくなり、それは世津奈がカエデと由紀子から得た心証とは矛盾してくるのだが、それでも、この可能性は追及する価値があると世津奈は考えた。
世津奈は少し悩んだが、覚悟を決めて、パソコンで論文検索をしているコータローに声をかけた。
「由紀子さんは、『海洋資源開発コンソーシアム』がREBを発見する前からREBの存在を予想していた可能性がある。だから、がっちり調べて。お願い」
コータローが肩越しに「えっ?」という顔を向けてくるので、世津奈は「ちょっとお茶でもして話そう」と言い、廊下に出て自販機の缶コーヒーを2本買って、部屋に戻った。