20. 離 脱
文字数 1,318文字
栗林夫人の誘導で救急車がガソリンスタンドに入ってくる。
世津奈の頭は、この状況を救急隊員に納得させる説明をひねり出そうと高速回転していた。わずか3メートル離れた所では、バンの周りに催涙ガスが立ち込め、世津奈が撃った4人の男が転がっている。
救急隊員が不審に感じて警察を呼んでも当然な状況だが、警察沙汰は困る。
全身を震わせて咳き込み込む幼女に救急キットを持った3名の隊員が駆け寄り、応急処置を始める。3人とも、目の前の患者に集中していて、銃撃戦の後の修羅場には気づかない。今のうちに、うまい説明をひねりださなくては。
点滴の輸液をセットしていた隊員が、ふと手を止めた。同僚にせかされて作業に戻るが、輸液をセットし終えると、立ち上がってバンの方に目を向ける。隊員の表情が変わった。
「歩いて前を通りかかったら、ガソリンスタンドから煙が出てきて、娘が発作を起こしました」
栗林夫人が隊員の後ろから声をかけた。救急隊員にウソの説明をしているのだ。
「そうよね、お姉さん」
栗林夫人から急に話を振られて、世津奈は、泡を食う。お姉さん? 私が栗林夫人の姉? どう見ても、私の方が若いだろう。
だが、世津奈は、すぐに栗林夫人のもくろみを理解した。証言者を増やそうとしているのだ。
「ええ、急に煙が出てきて、驚きました」
世津奈は話を合わせる。
「煙が出たんですか? まさか、テロ?」
消防隊員の顔から見る見る血の気が引いていくのがわかる。
「事故でも、テロでもなんでもいいじゃないですか。ともかく、娘を、早く病院に運んでください!」
栗林夫人が切迫した声を出す。
カエデの応急処置をしていた隊長と思われる年配の隊員が
「何が起こっているにしろ、我々だけでは対応できない。ともかく、この子を病院に運ぼう」
と言うと、テロではないかと怯えていた隊員も、救急車にストレッチャーを取りに向かった。
隊員たちは、ケイレンがおさまったカエデをきびきびとストレッチャーにくくりつけ、救急車に戻っていく。
「私も、一緒に」という栗林夫人に、隊長らしき男性が「お母さんは、乗ってください」と応じる。
「私も」と言った世津奈に返ってきたのは、
「お姉さんは、後から病院で合流してください。119で搬送先がわかりますから」
という丁寧だが、キッパリした拒絶の言葉だった。
世津奈としては、それでは、困る。栗林夫人から少しの間でも目を離してはいけない。そう、世津奈の直感が告げていた。
ところが、ここで、世津奈を驚かせることが起こった。栗林夫人が、強い口調で、
「姉も一緒にお願いします。これは、高規格救急車ですよね。姉と私を同乗させるスペースがあるはずです」
と言ったのだ。
隊長らしき男性が「では、お姉さんも」と、面白くなさそうな声を出す。それはそうだろう、素人に救急車についての専門知識を振りかざされたのだ。
一瞬、栗林夫人と目が合った。世津奈を責めていた時の怒りに燃えた目とは打って変わった、静かな中に覚悟を秘めたような目をしていた。世津奈は、栗林夫人が夫の企てに巻き込まれただけの人間ではないことを確信した。
世津奈の頭は、この状況を救急隊員に納得させる説明をひねり出そうと高速回転していた。わずか3メートル離れた所では、バンの周りに催涙ガスが立ち込め、世津奈が撃った4人の男が転がっている。
救急隊員が不審に感じて警察を呼んでも当然な状況だが、警察沙汰は困る。
全身を震わせて咳き込み込む幼女に救急キットを持った3名の隊員が駆け寄り、応急処置を始める。3人とも、目の前の患者に集中していて、銃撃戦の後の修羅場には気づかない。今のうちに、うまい説明をひねりださなくては。
点滴の輸液をセットしていた隊員が、ふと手を止めた。同僚にせかされて作業に戻るが、輸液をセットし終えると、立ち上がってバンの方に目を向ける。隊員の表情が変わった。
「歩いて前を通りかかったら、ガソリンスタンドから煙が出てきて、娘が発作を起こしました」
栗林夫人が隊員の後ろから声をかけた。救急隊員にウソの説明をしているのだ。
「そうよね、お姉さん」
栗林夫人から急に話を振られて、世津奈は、泡を食う。お姉さん? 私が栗林夫人の姉? どう見ても、私の方が若いだろう。
だが、世津奈は、すぐに栗林夫人のもくろみを理解した。証言者を増やそうとしているのだ。
「ええ、急に煙が出てきて、驚きました」
世津奈は話を合わせる。
「煙が出たんですか? まさか、テロ?」
消防隊員の顔から見る見る血の気が引いていくのがわかる。
「事故でも、テロでもなんでもいいじゃないですか。ともかく、娘を、早く病院に運んでください!」
栗林夫人が切迫した声を出す。
カエデの応急処置をしていた隊長と思われる年配の隊員が
「何が起こっているにしろ、我々だけでは対応できない。ともかく、この子を病院に運ぼう」
と言うと、テロではないかと怯えていた隊員も、救急車にストレッチャーを取りに向かった。
隊員たちは、ケイレンがおさまったカエデをきびきびとストレッチャーにくくりつけ、救急車に戻っていく。
「私も、一緒に」という栗林夫人に、隊長らしき男性が「お母さんは、乗ってください」と応じる。
「私も」と言った世津奈に返ってきたのは、
「お姉さんは、後から病院で合流してください。119で搬送先がわかりますから」
という丁寧だが、キッパリした拒絶の言葉だった。
世津奈としては、それでは、困る。栗林夫人から少しの間でも目を離してはいけない。そう、世津奈の直感が告げていた。
ところが、ここで、世津奈を驚かせることが起こった。栗林夫人が、強い口調で、
「姉も一緒にお願いします。これは、高規格救急車ですよね。姉と私を同乗させるスペースがあるはずです」
と言ったのだ。
隊長らしき男性が「では、お姉さんも」と、面白くなさそうな声を出す。それはそうだろう、素人に救急車についての専門知識を振りかざされたのだ。
一瞬、栗林夫人と目が合った。世津奈を責めていた時の怒りに燃えた目とは打って変わった、静かな中に覚悟を秘めたような目をしていた。世津奈は、栗林夫人が夫の企てに巻き込まれただけの人間ではないことを確信した。