43、環境保護過激派
文字数 2,700文字
世津奈はコータローを連れて取調室に戻る。由紀子はふっきれたような顔で椅子の背に深くもたれていた。
「では、由紀子さんを付け狙っている連中の正体を教えていただきましょうか」
「環境保護団体ブルーアースを、知っている?」
「環境を破壊しているとみなした企業の業務を妨害することも辞さない過激な環境保護団体ですね」
由紀子が黙ってうなずく。
「ブルーアースが由紀子さんを狙ってるんすか?」
コータローが素っ頓狂な声を出す。
「ブルーアースではなく、ブルーアースからスピンアウトした過激派」
世津奈は少し戸惑う。ブルーアースそのものが石油開発会社のパイプラインを破壊したり日本の調査捕鯨船に体当たりしたりと十分に過激な団体だ。そこからスピンアウトした過激派となると、テロリスト並みに過激なのではないか?
「それって、テロリスト並みってことじゃないすか!」
世津奈が思っていたことを、コータローが言葉にしてくれた。
「ええ、そのとおり。彼らは自分たちが信じる正義のためなら人間の命を奪うことも平気なテロリストそのもの」
由紀子が平然と答える。
「それで、そのテロリストが、なぜ由紀子さんを狙っているのですか?」
世津奈が由紀子に問う。
「彼らは、自分たちが欲しい情報を私が持っていると思い込んでいる」
「それは、どんな情報ですか?」
「私が知るわけないでしょ。連中が、私が持っていると勝手に思い込んでいるだけよ」
由紀子がいったん言葉を切り、デスクの上に身を乗り出してくる。
「あなたが今質問している事は、カエデと私を連中から守る上で必要なことではないでしょ。あなたが知らなければならないのは、連中の人数、武器、アジトのはずよ」
世津奈もデスクの上に身を乗り出し、鼻先が触れ合うくらい由紀子に顔を近づける。
「あなたは、彼らがあなたから引き出そうとしている情報は持っていない。しかし、彼らの人数と武器とアジトは知っている。それも、奇妙な話ですね」
由紀子が世津奈から身体を遠ざけ、椅子の背に深く身をもたせかける。世津奈に探るような目を向けていたが、ひとつ息をつき、またデスクに身を乗り出してくる。
「こうなったら、白状するしかないわね。私はブルーアースの人間なの。だから、あいつらの人数を知っている。あいつらがどんな武器を手に入れてどこをアジトにしていそうか、見当もつく」
世津奈はもう一度食い下がる。
「あなたは、彼らが知りたがっている情報を持っていない。それは本当ですか?」
「あなたも、しつこいわね。持っていないわよ」
コータローが横から割って入る。
「では、どうして、彼らがあなたからある情報を引き出そうとしているって、わかるんすか?」
「連中が私とカエデをバンに乗せて都内を走り回っている間に、しつこく質問してきたからよ。あいつらは、私が答えなかったらカエデを痛めつけると言って、私を脅した」
コータローが世津奈に視線を送ってくる。コータローのメガネの奥の目は落ち着いている。コータローは由紀子が言っていることを信用できると思っているのだ。
世津奈は由紀子を全面的には信用していない。由紀子は過激派の連中が求めている情報を持っている。それが、世津奈の心証だ。
しかし、世津奈はこれ以上由紀子を問い詰めても、本当のことは言わないだろうと思った。
「では、連中について詳しく教えてください」
「ブルーアースから離脱したのは10人。彼らはその後、仲間を増やしているかもしれないけど、その人数についてはわからない」
「どんな武器を持っていそうですか?」
「世界を脅かしている色々なテロリスト集団が持っているものと同じと考えていい」
「つまり、彼らは武器の闇マーケットにアクセスでき、資金も持っている」
「ブルーアースからスピンアウトした10人の過激グループの中に、ブルーアースの元武器調達担当者がいる。彼は、ブルーアースの資金の中から10万ドルを持ち逃げした」
コータローがゴクリと唾をのみ込む音が聞こえる。
ガソリンスタンドで撃ち合った時は、連中は拳銃しか持っていなかった。しかし、アジトにはマシンピストル、アサルトライフル、ロケット砲、時限爆弾なども隠していると考えた方がいいだろう。
「ボクら2人しかいないんすよ。しかも、非殺傷性の武器しかもってない。とても太刀打ちできる相手じゃないっすよ」
コータローが泣きそうな声になる。
「そうね。私たちが直接対決しても勝ち目はないわね」
世津奈は、コータローに同意する。
「あなたたち、初めから逃げ腰にならないでよ。あなたたちがカエデと私を守ると言うから、私は本当の事を打ち明けたのよ」
由紀子が声を尖らせる。
「私は、カエデちゃんとあなたを助けるとは言いました。でも、私たちが自力で助けるとは言いませんでした」
「どういうこと?」
由紀子が不審な表情を見せる。
「宝生さん、まさか古巣の助けを借りるつもりじゃないっすよね?」
コータローが尋ねる。
「助けを借りるわけじゃないわ。市民の義務としてテロリストの活動を警察に通報するだけ」
「あなた、警察に通報するつもり!」
由紀子が叫ぶ。
「いけないですか?」
「警察に通報するなど、あり得ない。連中は元はブルーアースのメンバーなのよ。連中が警察に捕まったら、ブルーアースにも捜査が及んでしまう」
「ブルーアースも武器市場に出入りしてるし、武器を調達する資金も持ってる。警察に探られたら困りますよね」
コータローが言う。
由紀子が世津奈をにらむ。
「企業が警察に知らせたくない産業スパイ事件を水面下で解決するのがあなたたちの仕事でしょ。この件も、警察の手を借りずに解決なさい」
命令口調で頼んでくる由紀子を、世津奈はあっさり突き離す。
「相手が悪すぎます。私たちは、テロリストグループと闘えるほどの戦力は持っていません」
「私をだましたわね」
由紀子が世津奈に刺すような視線を向けてくる。
「だましていません。カエデちゃんとあなたを助けると約束しましたが、助ける方法までは約束していません。由紀子さんが警察の助けを借りるのは嫌だとおっしゃるなら、この話はなかったことにしましょう」
由紀子が両手の拳を握りしめる。額に血管が浮き上がりブルブル震えている。
「宝生さん……由紀子さん、相当怒ってますよ」
由紀子の表情を見たコータローが脅えた声になる。
世津奈は由紀子がまた怒鳴り出しそうになる直前にぽんと話を投げかける。
「警察の助けを借りなくてすむ方法が全くないわけでは、ありません」
「どんな方法があるの?」
由紀子が食いついてくる。
「ブルーアースの皆さんに手伝っていただくのです」
世津奈は由紀子に微笑んで見せた。
「では、由紀子さんを付け狙っている連中の正体を教えていただきましょうか」
「環境保護団体ブルーアースを、知っている?」
「環境を破壊しているとみなした企業の業務を妨害することも辞さない過激な環境保護団体ですね」
由紀子が黙ってうなずく。
「ブルーアースが由紀子さんを狙ってるんすか?」
コータローが素っ頓狂な声を出す。
「ブルーアースではなく、ブルーアースからスピンアウトした過激派」
世津奈は少し戸惑う。ブルーアースそのものが石油開発会社のパイプラインを破壊したり日本の調査捕鯨船に体当たりしたりと十分に過激な団体だ。そこからスピンアウトした過激派となると、テロリスト並みに過激なのではないか?
「それって、テロリスト並みってことじゃないすか!」
世津奈が思っていたことを、コータローが言葉にしてくれた。
「ええ、そのとおり。彼らは自分たちが信じる正義のためなら人間の命を奪うことも平気なテロリストそのもの」
由紀子が平然と答える。
「それで、そのテロリストが、なぜ由紀子さんを狙っているのですか?」
世津奈が由紀子に問う。
「彼らは、自分たちが欲しい情報を私が持っていると思い込んでいる」
「それは、どんな情報ですか?」
「私が知るわけないでしょ。連中が、私が持っていると勝手に思い込んでいるだけよ」
由紀子がいったん言葉を切り、デスクの上に身を乗り出してくる。
「あなたが今質問している事は、カエデと私を連中から守る上で必要なことではないでしょ。あなたが知らなければならないのは、連中の人数、武器、アジトのはずよ」
世津奈もデスクの上に身を乗り出し、鼻先が触れ合うくらい由紀子に顔を近づける。
「あなたは、彼らがあなたから引き出そうとしている情報は持っていない。しかし、彼らの人数と武器とアジトは知っている。それも、奇妙な話ですね」
由紀子が世津奈から身体を遠ざけ、椅子の背に深く身をもたせかける。世津奈に探るような目を向けていたが、ひとつ息をつき、またデスクに身を乗り出してくる。
「こうなったら、白状するしかないわね。私はブルーアースの人間なの。だから、あいつらの人数を知っている。あいつらがどんな武器を手に入れてどこをアジトにしていそうか、見当もつく」
世津奈はもう一度食い下がる。
「あなたは、彼らが知りたがっている情報を持っていない。それは本当ですか?」
「あなたも、しつこいわね。持っていないわよ」
コータローが横から割って入る。
「では、どうして、彼らがあなたからある情報を引き出そうとしているって、わかるんすか?」
「連中が私とカエデをバンに乗せて都内を走り回っている間に、しつこく質問してきたからよ。あいつらは、私が答えなかったらカエデを痛めつけると言って、私を脅した」
コータローが世津奈に視線を送ってくる。コータローのメガネの奥の目は落ち着いている。コータローは由紀子が言っていることを信用できると思っているのだ。
世津奈は由紀子を全面的には信用していない。由紀子は過激派の連中が求めている情報を持っている。それが、世津奈の心証だ。
しかし、世津奈はこれ以上由紀子を問い詰めても、本当のことは言わないだろうと思った。
「では、連中について詳しく教えてください」
「ブルーアースから離脱したのは10人。彼らはその後、仲間を増やしているかもしれないけど、その人数についてはわからない」
「どんな武器を持っていそうですか?」
「世界を脅かしている色々なテロリスト集団が持っているものと同じと考えていい」
「つまり、彼らは武器の闇マーケットにアクセスでき、資金も持っている」
「ブルーアースからスピンアウトした10人の過激グループの中に、ブルーアースの元武器調達担当者がいる。彼は、ブルーアースの資金の中から10万ドルを持ち逃げした」
コータローがゴクリと唾をのみ込む音が聞こえる。
ガソリンスタンドで撃ち合った時は、連中は拳銃しか持っていなかった。しかし、アジトにはマシンピストル、アサルトライフル、ロケット砲、時限爆弾なども隠していると考えた方がいいだろう。
「ボクら2人しかいないんすよ。しかも、非殺傷性の武器しかもってない。とても太刀打ちできる相手じゃないっすよ」
コータローが泣きそうな声になる。
「そうね。私たちが直接対決しても勝ち目はないわね」
世津奈は、コータローに同意する。
「あなたたち、初めから逃げ腰にならないでよ。あなたたちがカエデと私を守ると言うから、私は本当の事を打ち明けたのよ」
由紀子が声を尖らせる。
「私は、カエデちゃんとあなたを助けるとは言いました。でも、私たちが自力で助けるとは言いませんでした」
「どういうこと?」
由紀子が不審な表情を見せる。
「宝生さん、まさか古巣の助けを借りるつもりじゃないっすよね?」
コータローが尋ねる。
「助けを借りるわけじゃないわ。市民の義務としてテロリストの活動を警察に通報するだけ」
「あなた、警察に通報するつもり!」
由紀子が叫ぶ。
「いけないですか?」
「警察に通報するなど、あり得ない。連中は元はブルーアースのメンバーなのよ。連中が警察に捕まったら、ブルーアースにも捜査が及んでしまう」
「ブルーアースも武器市場に出入りしてるし、武器を調達する資金も持ってる。警察に探られたら困りますよね」
コータローが言う。
由紀子が世津奈をにらむ。
「企業が警察に知らせたくない産業スパイ事件を水面下で解決するのがあなたたちの仕事でしょ。この件も、警察の手を借りずに解決なさい」
命令口調で頼んでくる由紀子を、世津奈はあっさり突き離す。
「相手が悪すぎます。私たちは、テロリストグループと闘えるほどの戦力は持っていません」
「私をだましたわね」
由紀子が世津奈に刺すような視線を向けてくる。
「だましていません。カエデちゃんとあなたを助けると約束しましたが、助ける方法までは約束していません。由紀子さんが警察の助けを借りるのは嫌だとおっしゃるなら、この話はなかったことにしましょう」
由紀子が両手の拳を握りしめる。額に血管が浮き上がりブルブル震えている。
「宝生さん……由紀子さん、相当怒ってますよ」
由紀子の表情を見たコータローが脅えた声になる。
世津奈は由紀子がまた怒鳴り出しそうになる直前にぽんと話を投げかける。
「警察の助けを借りなくてすむ方法が全くないわけでは、ありません」
「どんな方法があるの?」
由紀子が食いついてくる。
「ブルーアースの皆さんに手伝っていただくのです」
世津奈は由紀子に微笑んで見せた。