6. 大いに反省する
文字数 1,632文字
「柳田の取調べは録画してるんでしょ?」
振り向いて「はい」と答えると、高山が
「じゃあ、取り調べは、宝生ちゃん独りでやって、コータローは、今から豊洲の会社の駐車場に行って、あーた達が使う行って社用車を拾ってらっしゃい」
と言った。
「菊村さんがいないと取調べ調書を作れません」
「宝生ちゃん、あーたさ~ぁ、なんで取調べ調書を作成すると思ってるの?」
「社内で情報共有するためと、クライエントに一刻も早く調査結果を報告するためです」
高山がバカにしたような笑いを浮かべた。
「REBの調査には、あたしたち3人しか関わってないのよ。宝生ちゃんが柳田から訊き出したことをあたしたちに直接教えてくれれば、すむことでしょ」
そう言われてみると、そのとおりだ。
「それから、クライエントへの報告だけど、柳田を起点に、これからもっともっと重要な情報を集められるはず。ある程度まとまってから報告した方が、お客様に親切というものだわ」
これも、まあ、仰せのとおりだ。
つまり、コータローが隣にいて取り調べ調書を作成する必要はなく、世津奈が重要な点だけメモしておけばよいのだ。
「今夜は、打ち合わせが長引いて終電がなくなるかもしれない。その時クルマがあれば、タクシーを呼ばなくて、済むでしょ」
と、いかにも渋ちんらしい事を言う。
「わかりました。ここから先は、菊村さんと私で手分けします」
そう答えて、社長室を出た。
廊下に出てエレベーターに向けて歩き出すと、いつもは隣を歩くコータローが、遠慮がちに斜め後ろからついてくる。私のクルマ酔いをバラしたことを気にしているのかもしれない。そう思った世津奈は、立ち止まりコータローの顔をのぞきこみ、そして、謝った。
「コー君、クルマのこと、私が、悪かった。ワガママ過ぎた。ごめんなさい」
「えっ、いや、いやいや……ボクの方こそ、宝生さんのことを社長にチクった格好になっちゃって……」
「チクらなきゃいけないほど、我慢できなくなってたってことでしょ?」
8月に入ってから、連日35度以上の猛暑日が続いていた。コータローがクルマを使いましょうと言わない日は、なかったのだ。それを世津奈がノラリクラリとかわして、猛暑の中コータローを歩かせてきた。
世津奈は、コータローを対等なパートナーだと思っている。コータローも、世津奈に向っては「そこまで言うか?」と思うようなことを、遠慮なく言う。だから、世津奈は、コータローが遠慮などしていないと思っていた。
しかし、世津奈はコータローより8歳も年上だ。社会人経験では、世津奈が5倍以上だ。私が気づかないところで、コータローは、色々な遠慮や気兼ねをしていたのかもしれない。いや、きっと、そうに違いない。世津奈は、そう思った。
「コー君、私は、元々あまり立ち止まって考えない方だから、気づかないうちに強引にゴーイング・マイ・ウェイしてると思う。色んな所で、コー君に、無理させたり、我慢させたりしてきたと思う。ごめんなさい」
「いえ……そんなことは……」
コータローが目を伏せる。
「これからは、もっとコー君の意見を聴くようにする。と言っても、沁みついたクセは簡単に抜けないと思うから、コー君も、私が自分勝手してると思ったら遠慮なく指摘してね」
「宝生さん」
コータローが、顔を上げた。その目が、心なしか潤ん見えるのは、自分の御都合主義の錯覚だろうと、世津奈は思う。
黙って一緒にエレベータに乗った。1階に着いて、ドアが開く。エレベーターを降りたコータローが、振り向いて「じゃ、クルマ、取ってきます」と挨拶する。
「うん、なるべく涼しくなってから社長室に行けるよう、柳田の取調べは引っ張っとくから」
そう答えて、世津奈は顔の横で小さく右手を振る。これは心を入れ替えたからではなく、いつもの世津奈の癖だ。コータローも、また、いつも通りはにかんだように小さく手を振り、世津奈に背中を向けて歩き出した。
エレベーターの扉が、静かに閉じた。