１６．　苦い推理

　世津奈の後から廊下に出てきた高山は、世津奈をうながしてICUの前まで移動した。
「庄司のこと、どう思う？」
高山が訊いてくる。
高山は、庄司が襲撃者と内通していたと思うかと、世津奈に訊いているのだ。
　
　世津奈は、すぐに高山の質問には答えず、ICUのベッドにいる男性を見やりながら、
「あの方が戸塚さんですね。どういう状態ですか？」
　と尋ねた。
　高山が
「後頭部の頭蓋骨陥没で意識不明。ここでは手に負えないから、ちゃんとした脳外科のある転院先を探している」
　と答えた。

「病室で眠り込んでいた山下さんは？」
という世津奈の問いに、
「彼は肋骨が３本折れている。今は麻酔で眠っているだけで、そのうち意識が戻るわ」
　と高山が答える。

「庄司さんと山下さんの二人が、襲撃者とつながっていた可能性が高いですね。襲撃者は、戸塚さんの意識は奪ったのに、庄司・山下の2人には、自分の姿を目撃させています。ルームサービスを頼んだのは戸塚さんだと口裏を合わせれば、戸塚さんは反論できないわけです」
　高山が「はぁ」とため息をついた。
「宝生ちゃんの言う通りだとしても、戸塚ちゃんの見ている前で庄司か山中が襲撃者にサインを送るのは難しいわよ」
「襲撃者はホテルの内線電話を盗聴していたのでしょう。そして、本物のボーイが部屋に着く前に、ボーイに化けて部屋に現れた」
「あの部屋を手配したのは『緊急保護センター』の鷲尾センター長なのよ」
高山が小さく舌打ちをした。
「『緊急保護センター』から情報がダダ漏れしている可能性があるってことね」
今度は吐き出すように言う。
　
　急に、高山が思いがけない事を言い出した。
「宝生ちゃん、さっきの電話では。あーたには悪いことしたと思ってる。あのバカ、コータローにも済まないことしたかもね。情けない話だけど、栗林母子がさらわれたと聞いてパニックしたのよ。買ったばかりで運転に慣れていないロードスターを自分で転がしていこうとしたのも、パニックっていたから。普通だったら、最初からタクシーを呼んでるわ」

　世津奈は、人間的な弱みをさらけ出す高山を初めて見た。単なる雇用主に対するより、少し人間的な感情を高山に抱いた。
「で、どうしますか？」
「栗林親子を取り戻すに決まってるじゃない」
「追尾できますか？　手口から見て、向こうはプロです。発信機やGPSのたぐいは全部見つけて壊していると思います」
「奥の手があるのよ。栗林夫人のお尻にGPSを埋め込んでおいた。いくら何でも、裸にして調べはしないでしょう」
「『緊急保護センター』の男性が埋め込んだんですか？」
　驚いて尋ねる世津奈に、高山は、
「そんなことあるわけないでしょう。特殊な器具を使って栗林夫人に自分で埋め込んでもらったのよ」
　と笑いながら答えた。

「つまり、自分のお尻にGOSを埋め込むことに、栗林夫人は同意したわけですね」
「あれ、埋め込むの痛いのよ。同意してなかったらやるわけないでしょ」
「栗林夫人は、自分が拉致されるのを予想していたのかもしれません」
　高山がハッとした表情になる。
「栗林夫人は、夫がしでかした事に巻き込まれた不運な妻ではなくて、夫の行為に積極的に関与していた可能性があります」

「どんな風に？」
　と、高山が問いかけてくる。
「それは、栗林夫人を取り返して話を聞かないことには分かりませんね。彼女が本当の事を言うかどうかも怪しいですが」

「宝生ちゃん、あーたには武装して栗林夫人を追っかけてもらう。いったん会社に戻るわよ」
高林の声にいつもの活力が戻っていた。
「あのバカも連れてきて」
そう言って、高山は、いつの間にか５回に上がって来て一般病棟の前で両腕をぶらぶらさせているコータローを顎で指した。