36、由紀子と劉麗華はREBの共同研究者だった
文字数 2,319文字
世津奈の推理を聞いたコータローが、「『海洋資源開発コンソーシアム』はもちろん、他の誰が探してもREBなんて都合のいいものが見つかるわけないと思いますよ」とつれない答えを返してきた。
世津奈は、コータローの一面的な物の見方に少し腹が立ってきた。返す言葉の語気が強くなる。
「コー君が断固として原発反対なのはよくわかる。だけど、原発に反対だろうと賛成だろうと、世界中で積みあがっている高レベル放射性廃棄物は無害化しないと困る。フィンランドが先行し日本を含む他国も追随しようとしている地層処理がベストだとは、私には思えない。地中深くに埋めても、無害化されるのに10万年かかるのよ。地球をゴミ箱にして汚すだけじゃない」
「だけど、高レベル廃棄物の処理に目途がついたら、原発建設のハードルが下がってしまいます」
「ねぇ、コー君、大事なことを忘れてない? 使用済みの燃料棒が原子炉建屋のプールに無防備に近い状態で保管されているのよ。地震で原子炉本体が破損しなくても、建屋とプールが壊れたら、どうなると思ってるの? 高濃度の放射線が漏れ出す危険があるのよ」
「それは、そうっすけど……」
「原発反対であっても、いえ、原発反対だからこそ、REBが実在してくれることを祈るべきなんじゃないの?」
コータローは不服気に口を尖らせたが、それでも「わかりました。世津奈さんが言うような可能性も頭の片隅に置いて、調べます」と言った。
「頭の片隅かよ」と世津奈は思ったが、実際調べ出せばコータローの持ち前の完全主義がいい加減なことはさせないと確信しているので、これ以上、この件で争うのは止めにした。
世津奈はスマホで玲子のツイッターアカウントにアクセスした。本名ではなく、『地獄の門』というアカウント名を使っている。昔けっこう流行ったテレビドラマ『スカイハイ』で釈由美子が「お行きなさい」ポーズを取っているところがプロフィール写真に使われているのだが、著作権侵害になっていないのか気になる。
玲子はジャーナリストだから、その辺はちゃんとしているのだろうと自分を安心させながら玲子のツイートを眺めるが、Queenの『We Will Rock You』オフィシャルMVのリツイートはなかった。『We Will Rock You』オフィシャルMVのリツイートが「重大な手がかり発見、バー・マーロウで待つ」のサインなのだ。
「コー君、悪いけど、私ひと眠りする。何か発見したら、教えて」とコータローに注げる。コータローはこういう状況では徹夜でも調べ続けるタイプだ。それなのに依頼者である自分が寝てしまうのは申し訳ないと思う。
だが、起きていてもコータローの助けになるわけではなく、それなら、この後、緊急事態が生じた時に二人とも消耗しているよりは、一人でも元気な方が良いと現実的な判断を優先させ、一人で仮眠することにした。コータローも文句は言わない。
割り切って簡易ベッドに身を横たえたので、たちまち眠りに落ちた。
「宝生さん、宝生さん」と言って身体を揺さぶられて目が覚めた。コータローの顔が身体のすぐ上にあった。
「何か見つかった」と訊き返して、窓から陽が差し込んでいるのに気づく。結構な時間、寝ていたのだ。
「面白い事がわかりました。栗林由紀子、いえ、片山由紀子は極限環境微生物について13本も論文を書いています。しかも、そのうちの5本は中国人研究者との共同研究に基づくもので、由紀子とその中国人研究者の共著です」
「中国人研究者? まさか劉麗華じゃないわよね」
冗談で言ったつもりだった。
「それが、劉麗華その人なんすよ」
「ええっ」
バネ仕掛けのように簡易ベッドから飛び起きる。劉麗華というのは『海洋資源開発コンソーシアム』に忍び込むための偽名に違いないと思っていた世津奈にとって、大変な驚きだ。
「でも、同姓同名の別人って可能性もあるわよね」
「本人です。5本の共同執筆論文のうちの1本を、研究者以外の一般人向け科学雑誌が取り上げていて、そこに片山由紀子と劉麗華の写真が掲載されています」
さすが完全主義者のコータロー。そこまで調べ上げたのだ。
「それで、その極限環境微生物っていうのは、どんなものなの?」
「ボクたち人間や動植物がとても生存できない環境で生きている微生物のことです」
「つまり、人間と周囲の生物が生息不可能な環境を『極限環境』というわけね」
「そうです。具体的には高温環境、アルカリ濃度または酸性が極めて高い環境、圧力が極めて高い環境、暗黒の環境」
コータローがそこで言葉を切って意味ありげな表情になる。
「そして、放射線量が極めて高い環境です」
「放射線への耐性がある生物が存在することは、会社の生物の専門家も認めていたのでしょう?」
「そうですが、片山由紀子と劉麗華は、もう一歩踏み込んで放射線を吸収して代謝する微生物の存在を示唆していたのです」
「つまり、REB( Radiation Eating Bacteria=放射線無害化バクテリア)について研究していたということ?」
「そうです」
由紀子は「海洋資源開発コンソーシアム」が発見したと称するREBは実在しないと主張しているが、彼女自身はかつてREBの存在を示唆していた。
そして、その時、彼女と共同研究をしていたのが「海洋資源開発コンソーシアム」の機密情報を探りに「コンソーシアム」に潜りこんだ劉麗華だった。
REBの機密漏洩調査に始まった一連の騒動が、今までと全く違った様相を示し始めていた。
世津奈は、コータローの一面的な物の見方に少し腹が立ってきた。返す言葉の語気が強くなる。
「コー君が断固として原発反対なのはよくわかる。だけど、原発に反対だろうと賛成だろうと、世界中で積みあがっている高レベル放射性廃棄物は無害化しないと困る。フィンランドが先行し日本を含む他国も追随しようとしている地層処理がベストだとは、私には思えない。地中深くに埋めても、無害化されるのに10万年かかるのよ。地球をゴミ箱にして汚すだけじゃない」
「だけど、高レベル廃棄物の処理に目途がついたら、原発建設のハードルが下がってしまいます」
「ねぇ、コー君、大事なことを忘れてない? 使用済みの燃料棒が原子炉建屋のプールに無防備に近い状態で保管されているのよ。地震で原子炉本体が破損しなくても、建屋とプールが壊れたら、どうなると思ってるの? 高濃度の放射線が漏れ出す危険があるのよ」
「それは、そうっすけど……」
「原発反対であっても、いえ、原発反対だからこそ、REBが実在してくれることを祈るべきなんじゃないの?」
コータローは不服気に口を尖らせたが、それでも「わかりました。世津奈さんが言うような可能性も頭の片隅に置いて、調べます」と言った。
「頭の片隅かよ」と世津奈は思ったが、実際調べ出せばコータローの持ち前の完全主義がいい加減なことはさせないと確信しているので、これ以上、この件で争うのは止めにした。
世津奈はスマホで玲子のツイッターアカウントにアクセスした。本名ではなく、『地獄の門』というアカウント名を使っている。昔けっこう流行ったテレビドラマ『スカイハイ』で釈由美子が「お行きなさい」ポーズを取っているところがプロフィール写真に使われているのだが、著作権侵害になっていないのか気になる。
玲子はジャーナリストだから、その辺はちゃんとしているのだろうと自分を安心させながら玲子のツイートを眺めるが、Queenの『We Will Rock You』オフィシャルMVのリツイートはなかった。『We Will Rock You』オフィシャルMVのリツイートが「重大な手がかり発見、バー・マーロウで待つ」のサインなのだ。
「コー君、悪いけど、私ひと眠りする。何か発見したら、教えて」とコータローに注げる。コータローはこういう状況では徹夜でも調べ続けるタイプだ。それなのに依頼者である自分が寝てしまうのは申し訳ないと思う。
だが、起きていてもコータローの助けになるわけではなく、それなら、この後、緊急事態が生じた時に二人とも消耗しているよりは、一人でも元気な方が良いと現実的な判断を優先させ、一人で仮眠することにした。コータローも文句は言わない。
割り切って簡易ベッドに身を横たえたので、たちまち眠りに落ちた。
「宝生さん、宝生さん」と言って身体を揺さぶられて目が覚めた。コータローの顔が身体のすぐ上にあった。
「何か見つかった」と訊き返して、窓から陽が差し込んでいるのに気づく。結構な時間、寝ていたのだ。
「面白い事がわかりました。栗林由紀子、いえ、片山由紀子は極限環境微生物について13本も論文を書いています。しかも、そのうちの5本は中国人研究者との共同研究に基づくもので、由紀子とその中国人研究者の共著です」
「中国人研究者? まさか劉麗華じゃないわよね」
冗談で言ったつもりだった。
「それが、劉麗華その人なんすよ」
「ええっ」
バネ仕掛けのように簡易ベッドから飛び起きる。劉麗華というのは『海洋資源開発コンソーシアム』に忍び込むための偽名に違いないと思っていた世津奈にとって、大変な驚きだ。
「でも、同姓同名の別人って可能性もあるわよね」
「本人です。5本の共同執筆論文のうちの1本を、研究者以外の一般人向け科学雑誌が取り上げていて、そこに片山由紀子と劉麗華の写真が掲載されています」
さすが完全主義者のコータロー。そこまで調べ上げたのだ。
「それで、その極限環境微生物っていうのは、どんなものなの?」
「ボクたち人間や動植物がとても生存できない環境で生きている微生物のことです」
「つまり、人間と周囲の生物が生息不可能な環境を『極限環境』というわけね」
「そうです。具体的には高温環境、アルカリ濃度または酸性が極めて高い環境、圧力が極めて高い環境、暗黒の環境」
コータローがそこで言葉を切って意味ありげな表情になる。
「そして、放射線量が極めて高い環境です」
「放射線への耐性がある生物が存在することは、会社の生物の専門家も認めていたのでしょう?」
「そうですが、片山由紀子と劉麗華は、もう一歩踏み込んで放射線を吸収して代謝する微生物の存在を示唆していたのです」
「つまり、REB( Radiation Eating Bacteria=放射線無害化バクテリア)について研究していたということ?」
「そうです」
由紀子は「海洋資源開発コンソーシアム」が発見したと称するREBは実在しないと主張しているが、彼女自身はかつてREBの存在を示唆していた。
そして、その時、彼女と共同研究をしていたのが「海洋資源開発コンソーシアム」の機密情報を探りに「コンソーシアム」に潜りこんだ劉麗華だった。
REBの機密漏洩調査に始まった一連の騒動が、今までと全く違った様相を示し始めていた。