第18話

文字数 1,448文字

「歩美さんのご主人は、新屋敷秀人さん」
英里は話しだした。


 新屋敷秀人、40歳。家は住宅地にあり、築6年の一軒家だ。英里たちと同じ頃そこに家を建てた。 夜7時すぎには家に戻っている。飲み会とかほとんど行かない。休日は妻と買い物にでかけたり、庭仕事にせいをだす。
 2人の子供の教育にも熱心で、模試があれば、遠くでも連れて行く。妻は映画が好きで、英里といっしょに観に行ったりするが、彼はそれは気にいらないようだ。
 株に熱心だが、堅実に少し上がったら売って、こまめにチェックする。
 英里とはときどき、庭で顔を合わすこともある。庭のこと、天気のことを少し話すぐらいだが、必ず英里の夫のことも聞く。彼女の夫が、公務員であることがいかにいいか、お世辞のように言う。 英里が新屋敷の子供のことを聞くと、成績がいいらしく、うれしそうに話す。世の中の暗い事件などに非難する口調が厳しい、いたって常識的価値観を持っている。
 門のペンキ塗り直しや、花壇の囲いを作るといったことを、マメにしている。朝はゴミを出して行く。これといって趣味はなさそうだ。
 仕事がIT関連なのだが、パソコンにも興味がないらしい。新聞はじつに読む。特に株のページには熱心だ。新聞をとってきたら、まず、ホッチキスで真ん中を閉じて、ばらばらにならないようにする。それをせずに広げると機嫌が悪い。
 お中元、お歳暮などは新屋敷秀人がすべてやる。妻の歩美には食費しか渡さず、あとは彼が管理している。ときどき、仕事帰りにスーパーで買い物もするぐらいだ。さらに彼の昼の食事代は、いつも700円、決まった店、昼すぎまでやっているモーニングと自分で決めているらしい。

 英里は新屋敷の家のことは、長い付き合いの中でかなり知っていた。

「ねえ」
 英里が別れ際に言った。

「どうして、どうしてあなたは、私が外国の行きたかった場所のこと、家族に言ってないと思うの?」
「もちろん、英語を習っていることを内緒にしてるそうだから」
「あ、そうよね。そう言ったよね、私」
英里は少し笑って、自転車にまたがった。
「なんで英語を習いたいのか、旦那がそういうあんたの気分、あんたの想いを全く理解しない、関心がないから。娘とも本音で話したことがない。話してれば、おれにこうやって頼んだりしない。だから家族に言わない。いや、言えないんだ」
ちょっと間があり、英里は「探偵さんらしい」と少し笑った。塔夏はどうしてこんなに熱心に彼女に言うのか、自分でも意外だった。

 彼女は自転車で行きかけたまま止まって、じっと彼を見た。
「あなたは、本当に人のことはよくわかるのね」
彼女はそう言って少し困った顔をしたが、決して迷惑そうではなかった。

   

 英里と別れて、塔夏はすぐコムテックに向った。建物を見てみようと思ったからだ。
 向いながら、英里の言葉を思い返す。最初会って、彼女を分析してみようとしたときと、今回は微妙に違う気分だった。仕事のための分析ではなかった。一見、普通の主婦の英里の、時おり垣間見せる表情が興味深かったからだ。なにか自分と似たものを感じさせるのだろうか、妙に気になるのだ。


 『あなたは、本当に人のことはよくわかるのね。』


 彼は彼女のその言葉にどきりとした。彼がわかるのは人のことであって、自分のことではない。自分の過去がわからない。父親の行方もわからないままなのだ。
 彼女は何気なく、塔夏光一の本質を照らし出す。そういうところも、気になった。

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