第23話

文字数 2,600文字

 今日も来栖英里の娘の結衣は、塾には行かず、ゲームセンターで2人の女友達と遊んでいる。
塔夏はゲームセンターの競馬ゲームコーナーの椅子に座って、彼女たちを眺めていた。いろいろなUFOキャッチャーを、何度も繰り返しては騒いでいる。一度も取れた試しがない。 しかも、英里の財布からくすねてきたのだろうか、友達の分も、結衣ばかり金を使っている。時々少年たちに声をかけられては、何やらふざけて話している。
 2人連れの少年たちに声をかけられたとき、結衣は彼女たちに何か言われて、金を渡した。すると、2人の友達は声をかけてきた少年たちといっしょに、ゲームセンターから出て行った。結衣は1人取り残されたまま、何をするでもなくうろついていた。
 やがて、塔夏が座っている競馬ゲームのコーナーへやって来たとき、彼と目が合った。彼はさりげなく目をそらしたが、結衣が彼の隣にやって来た。

「このゲーム、どうやるの?」
「適当に賭けるんだ」
競馬ゲームなど、彼はやったことがなく、実は知らない。
「ぜんぜんやる気ないじゃん」
彼女は笑った。すれている感じもなく、ごく普通の中学3年生だ。ついまじまじと横顔を見た。英里にどこか似ていると思った。

 急に彼女が顔を向けた。
「おじさん、ひとり?」
「うん」
「あたしも」
意味深に言った。
「これから予定ある?」
「いや、もう帰る」
「つきあってあげても、いいよ」
「え?」
「帰り道。いいから、行こ」
結衣は塔夏をひっぱると、重い腰をあげさせた。

「9時まではいいんだ」
 結衣が歩きながら、そう言った。塾が終わる時間のことだ。
「こっち?」彼女が方向を示す。
「そう」彼は適当に答える。
「おじさん、いくつ?」
「28」
「へー、25くらいかと思ってた。年のわりに、かっこいいよ」
「25でもおじさんなんだな」
彼は苦笑した。

「結婚してる?」
「いや。こんどはおれの番だ」
結衣が交互に質問し合おうと言ったのだ。
「年は?」
「14。彼女はいるの?」
「いる」
「へえー」
「きみは彼氏いるの?」
「カレシ?」笑って首を振った。

「どんな人?」
今度は結衣の質問だ。
「難しいな」かりんを思った。

「えー、どうして?」
「一言じゃ言えない」
「えー、教えて教えて」
彼女は急に興味を示した。
「一言で済ませられる性格なんて、誰もしてないだろ」
「まあ、そうだけど」
結衣は黙った。

「お父さんの仕事は?」
「えー、あたしの番だよ」
「さっき質問した」
「えー」
彼女はわざと嫌そうな顔をした。

「公務員だよ。県庁の企画振興部の、なんと地域幸せ支援課だって。幸せ支援だよ、そんなんあり?って感じ」
「そうだな」
「そうだよ。他人の幸せ考えるヒマあれば、ウチの幸せ考えろっての」
「嫌い?」
「あの人?大っ嫌い。最近、顔も見ることない。ネットオークションでフィギュア集めたり、ファイル交換とか、撮影して編集したり、そんなのばっか熱中してる。ばっかみたい。あ、質問した」

 二車線の道路の横の歩道を歩く。ときおり車が行き過ぎるが、大きな道路が近くについて、この古い道はあまり車が通らなくなった。
 30歩ほどで渡りきれるくらいの橋の、真ん中あたりまで来ると、彼らは何となく立ち止まった。結衣は橋の欄干にもたれるようにして、川の方を見ている。
「おじさんは?お父さんのこと好き?」
「まあ、もう関係ない」
 下を流れる川のゆるやかな流れは、両面にへばりつくように立ち並ぶ家々の明かりをゆらゆらと映し出していた。

「お母さんのことは?」
 彼女は英里のことをどう思っているのだろう。興味を持った。
「好きだよ。仲良くやってるし。でも、自分の将来が、いくら勉強しても、結婚してあんな人生だったらつまんないなあって」
「つまんない?」
「だって、パートして、家の用事に明け暮れて、家族の面倒みるのに追われて、次のボーナスで買いたいものあるって言ってたのに、あの人は趣味のデジタルビデオカメラと編集ソフトにいっちゃうし。 あの人、ご飯済んだら自分の部屋行って話もしないのに、いっしょに暮らしてる意味ないじゃんって思える。お母さん、なんでも我慢して、毎日がああやって過ぎてって、おもしろいのかなって。あたしは、ああいうふうになりたくない」

「きっとお母さんは、自分のことを我慢してでも、きみを優先させたいんだ」
塔夏はやけに英里を擁護するように、結衣に話す自分に照れるというか、くすぐったいような気分だった。
「それが嫌なんだ。あたしのせいで我慢してるなんて」
親が気づかないうちに、昨日の子供が今日は大人になっている。子供が一生懸命気を遣っていることに、親の方が気付いていないだけかもしれない。塔夏は昔の父親のことを思った。

「友達は?」 さらに結衣に聞く。
「いるよ。友達といると楽しい。それで相談なんだけど」
「なに?」
 しばらく彼女はためらっていた。
「やっぱいい。もう今日は行かなくちゃ。なんか、あたしばっか質問されちゃってる。またゲーセンで会おうね。今度はあたしが聞く番だよ」
そう言うと、結衣は手を振って走って行った。

 塔夏は煙草に火をつけた。さきほどの彼女と同じように、川の方を向いて、欄干に肘をついて眺めた。下をのぞくと、ネオンの明かりに彼のシルエットがかすかに映る。
 自分の人生はどうだろうかと、ふと思う。これまで過去を思っても、これから先の未来とかに思いをめぐらしたことがなかった。まだ28なのだが、これから先、とりたてていいことなどなさそうに思えた。
 川面にはつまらなそうな自分の影が映っている。自分の人生にしても、結衣につまらないと言われるようなものだった。
 奈川かりんとつきあってはいるが、彼女と結婚して、子供をもって、家族で食卓を囲んでいる光景などは考えられなかった。そういう気持ちがまるで持てない。

 いつかは捨てられる。

 10歳の彼がずっと今でも心の中にい続ける。どうしても他人と距離をおいてしまう、用心深い自分がいた。

 ふいに、なぜか英里が浮かんだ。

 川面のシルエットが揺らめいた。大型トラックが、通り過ぎ、足元が揺れたからだ。この先を出ると、高速インターへ続く道に出る。トラックは夜通しこれから走るのだろうか、エンジンをふかして走り去って行った。
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