第43話

文字数 2,598文字

 塔夏は秋本に電話をした。秋本は、危機管理対策局の高橋から連絡があり、英里からも事情を聞き、今、四谷伴道を探して、これから車で元の住んでいた家に向かうという。

 “シフト”が危機管理対策局がらみだということは、ナビから言われるまでもなく彼は知っていた。わかったうえで今回は情報を流した。そうだろう、でなければ爆破事件のあと、なぜ彼に脳みそハッキングを依頼してくる?以前からハッキング依頼の内容が限定的な感じに疑問があった。普通、この手の仕事なら、ヤバい仕事もいろいろあるが、たいていは規模が小さいものだった。意図的なことに薄々気づいていた。

 それにしても秋本がコネクターにつないでいないことはすぐわかる。彼らしいと思ったが、今はだめだ。
「コネクターつけて」
ハッカーの塔夏がいまはオープンにしている。警察との情報共有に必要だからだ。

「犯人のことは危機管理対策局にまかせて、空き家もしくは家具付きで貸してる家を探せないか。来栖結衣はそんなところにいる」

 ナビの映像には、隅の方にソファーらしきものに、布がかけられているのが映っていた。
「時間的にそんなに遠くではないだろう。市内だ」

クラクションが聞こえたが、エンジン音が小さかった。大きな通りではない。例えば塔夏の家の前の通りぐらいか。塔夏は必死だった。
「大きな通りには面してないかもしれない。そうだな、一方通行か、ひとつ裏の通りとか」

 塔夏は習慣的にコネクターでハッキングした。秋本がコネクターをつけたからだ。
「そうだな、中心部から見よう。市外へ向かうほど区画整理されて道幅も広くなる」と、秋本が運転しているもう一人の男に言う。

「あと、カーテンが少し開いていて、その近くに長い三角のような形に葉が刈られた木が見える。そうだ、クリスマスツリーみたいな」 と塔夏は続けた。

「市街地の中心部の方は、今日は混雑しているから、車の移動には時間がかかる」と、もう一人の刑事、江田が言う。
「昔からの商店街の近くに、新しい産直マーケットができて、オープンの日だ。なんかパレードしたり、チラシや風船配ったり、いろいろやるそうだ。同期が近くの交通規制やってて聞いた」

 塔夏ははっとした。風船。窓の外、カーテンの隙間に見えた、何か赤や黄色、緑のような色が動いたのが風船だとしたら、結衣が捕われている家の前を通っているはずだ。
「風船だ。その風船を配っている場所を調べてほしい」

「大丈夫か?」
江田が運転しながら言う。彼はコネクターで塔夏の現在地を把握し、近くの監視カメラを操作して痛そうに脇腹を押さえる塔夏を見ていた。

「大丈夫だ」
塔夏は一瞬動揺した。オープンにしているからわかることだが、こういう見られる状況に慣れてない。

 彼は急いで向きをかえ、脇腹を片手で押さえて走った。ここをまっすぐ抜ければ、右手に大通りがある。昔からの商店街はそこから3~4ブロック先あたりだったはずだ。そうだ、そこは今はほとんどシャッター街となっている。その近くにきっと結衣がいる。


「どうだ?」
 高橋が入って行くと、木元が振り向いた。ペンをくるくると回している。
 “シフト”は危機管理対策局から少し離れた、貸しビルの一角にあった。小さなオフィスで表にはどこの会社とも出ていない。パソコンが数台並び、監視している者たちが4人いるだけの、殺風景な場所だった。

ここが、実はハッカーたちを仕切っている場所だとは誰も思わないだろう。木元を含め、彼らはその道のプロだ。彼らは常にネット監視を続け、ウイルスや最新の解析ソフト、様々なハッキングテクニックなどを調べている。

「見てくださいよ」
ひっきりなしにメールが入る。日本中のハッカー、いや、外国からも情報が入る。
「サーバーダウンしそうですよ」

「どうした」
「通称ナビと呼ばれている“タブ”のハッカーが、コムテック社員や電車爆破での殺人に関わっている。やつがいま、どこかにハッキングを仕掛けている。産業スパイの大きい仕事の可能性が高い、そのハッキングを追ってくれと、塔夏光一が言うそのままを発信したら、ごらんのとおりですよ」

「そんなにやつらはネットにかじりついてるのか」
「しかもブレインハッカーにも要請したというと、効果てきめんですよ」
「なぜだ?」

木元はにやにやした。ペンをくるくる回している。
「連中は金のためより、自分の腕を自慢したいんです。仕事でやってるやつは数少ない。たいていは普段は学生だったり、普通にリーマンしてたり、ごく常識的な市民です。そんな彼らでもこの得意分野では匿名で有名になれる可能性がある。ブレインハッカーに勝てたらと、みんな思うでしょう」

「ふん、そんなもんか」
高橋という男は、ハッカーやネットで趣味のこだわりサイトとか作ったりする者、オフ会交流する者の心情を理解できない。木元のことも何を考えているのかわからない異人種を見るようで、話をするのがなんとなく苦手だった。

「よく考えたな」
「私じゃありませんよ。そう言えと、塔夏光一が言ったんです。“シフト”に関わるハッカー全員に伝えろと言ったのもそうです。失礼ですが、高橋さんが言う前に」

高橋は驚いた。
「塔夏は“シフト”がどういうものか知っているな」

「たいしたやつですよ。ブレインハッカーというのは。ただコードをつないで脳をハッキングするんじゃない、人間がどういうものか、その洞察、理解、それに想像力。とうてい機械おたくのハッカーたちには勝てないですよ。我々も」

木元はにやにやしたままだが、自嘲するでもなく、感心しているようだ。高橋は憮然としている。勝てないと言われたからだ。どうしても木元という男とはそりが合わない。

「そこまでやつにお膳立てしてもらってるんなら、ナビの居場所にたどり着くんだろうな」
高橋はむっとした感情を押し殺した。が、おそらく表に出ているだろうと思った。彼はいろいろな意味で、実に正直な男だからだ。

「誰かがハッキングをしかけているという企業の情報の、最も多いものから順にこっちで調べてます。その企業にアクセスしているサーバーを調べ、個人アドレスまで追ってます」
木元は高橋の気分など意に介さない。

「木元さん」
パソコンの前のひとりが呼んだ。
「ああ、どうやらたどり着いたようです」
木元がにやにやしたまま言った。
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