第41話

文字数 2,019文字

 必ず物事には理由がある。塔夏に仕掛けた動機は違うかもしれないが、リスクをとって結衣を連れ去る理由はなんだろうと考えた。

“国益を損なうような仕事はまず来ない”のが“シフト”なら、“タブ”はそういうものを狙っているのだ。

昔もナビは産業スパイの大きな仕事を成功させた。ナビは人を使うのが好きなやつだ。もし、昔の自分のように、結衣をおとりとして使っていたとしたらー。

彼は痛みをこらえながら、急いで自分の携帯とコネクターをつないだ。



 危機管理対策局では、高橋が爆破事件の捜査を後輩の木元に引き継ぐために、情報を整理していた。担当をおりることは彼の本意ではなかったが、上司である松島の決めたことだった。
 そこにちょうど木元から連絡が入った。その木元が実は“シフト”を担当しているが、塔夏が知らせて来たのだ。
 四谷伴道、通称ナビと呼ばれているハッカーが、コムテック社員や電車爆破での殺人に関わっていることをだ。その四谷伴道がいま、どこかにハッキングを仕掛けている。産業スパイの大きい仕事の可能性が高い、そのハッキングを追ってくれと言って来たという。

「塔夏は何している」

 木元が言うには、誘拐された来栖結衣という少女を探していて、さらに県警の秋本柊二という刑事にも知らせろと言って来たという。

「木元、“シフト”を動員して、その男を追え」

 高橋は今日まではまだ、この件の担当である。意地でも解決したかった。反社会的なこういう行為を許すことはできない。そして、解決すれば、自分を担当をはずして訓練にかり出す松島も、少しは彼の力が、大事件に必要だということがわかるだろうと思った。

「何かあれば逐一知らせろ」
高橋は急いで動き出した。松島は休みをとっているから、自分が責任者だ。今日も残業になるだろうなと、気合いが入った。


 警察では、秋本が危機管理対策局からの知らせで、来栖結衣を誘拐したのは四谷伴道という男だと知った。

来栖英里が彼のもとにやってきて事情を言った。そして塔夏が秋本が必ず探してくれるからとたずねるように言ったことも聞いたのだ。

 すぐさま四谷という男について、まずその過去の犯罪歴がないかを調べる。コンピュータで検索するのは、秋本は不慣れだった。
 警察ではコネクターでの接続がきまりとなっている。外回りでは携帯でのコネクター接続で現状を瞬時に情報共有する。事件に対してはもちろんだが、彼ら自身もどこにいるか、なにを調べているかすべて管理されている。だが、秋本は相変わらずつけようとしない。つながれば、情報が集約され合理的分析され、AIが関係者それぞれに最適な指示をしてくれ、チームとして機能するが、独自に足をつかって調べていく昔ながらのやり方が彼にはやりやすかった。

「秋本さん、いい加減にこういうの慣れないと。コネクター、あるんだから」
江田がコネクターに接続する。情報データの同期化をしながら、データベースを瞬時に検索していく。
 秋本は画面を見ながら、不慣れにパソコンのキーボードやマウスを使い、塔夏光一のために、仕事時間外にも調べ回った昔の自分を思い出していた。

当時の若い彼には、小さな子どもの不幸への単なる同情だったかもしれない。だがそれでもなんとかしてやりたいと思ったのだ。一生懸命やれば、必ず報われると信じていた。人のために尽くす誠意にこそ価値があると信じていた。

だが、様々な事件に関わるうちに、いつしか懸命にやろうとそこそこにやろうと、結果が同じなら意味がない、証拠や結果がないと、誠意では人は救えないと思うようになった。

だが、塔夏光一の“秋本という刑事が必ず探してくれる”という言葉が、昔の自分の思いも大切なことを思い出させてくれた。

 秋本たちの夫婦には、結局子供ができなかった。彼は仕事が忙しいし、妻はいろいろな趣味に熱心で、それでいいと思っていた。しかし時おり、同僚らの会話に子供の塾や成績、運動会や卒業式、就職などが出てくるたびに、その同僚らの楽しそうに、また疲れたように話すことにもいきいきとした感情をみて、もし自分に子供がいたらと考える。

別に夫婦だけでいいという人もたくさんいるし、いろいろな価値感、幸福感があるだろう。人それぞれで、どれが幸福だとかはない。それはわかっている。

だが彼は、2人で向き合っていつものように食事していても、互いにいつも変化のない、話すこともなくなった同じような生活の繰り返しに、いつしか楽しいとか悲しいとかいった感情が薄くなってしまっていることに、ふと気付かされる。それを子供がいないせいにしていた。

 しかしその何か満たされないような気分は、自身の言い訳にすぎなかった。塔夏光一の18年後の返事は、仕事でも家庭でもこんなものだと、何かと理由をつけ、怠惰を慣れと言い換えている老いた自分を気付かせた。

「出ましたよ」
 江田が画面を指した。若い男の写真があった。


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