第21話

文字数 1,414文字

「あんた、いったい何を調べているんだ?」
 刑事の 江田が聞く。

 塔夏は同行を求められ、警察に来ていた。
「電車爆破事件、友人が巻き込まれて死んだんで」
差し障りない嘘を混ぜた。
「どうして」
江田がすぐ言った。どうしてそれがコムテックのビルの屋上に来ていたのか、そう思うのは普通だろう。

「その前に、名前は?」
江田は手帳を開いている。秋本はもっぱら自分の腹まわりを気にして、ベルトを締め直していた。 塔夏はできれば素性を明かしたくなかったが、仕方がなかった。
「塔夏、光一」
「トウ、ガ?どんな漢字?」
彼が教えると、江田は手帳に書いていく。
「めずらしい名字だな」

 秋本がふと、ベルトを締めていた手を止めた。そして、顔を上げると、じっと彼を見た。
「あの、光一くん、じゃないのか?」
「え?」
「あの小さな犬の人形持ってた」
塔夏は一瞬、何のことかわからなかった。が、すぐにあの犬、彼が幼いときいつも語りかけていた、小さな人形の“モッチ”のことだと気づいた。

「秋本さん、知ってるんですか?」と、江田が興味を示した。
「こんなところで会うとはなあ」
秋本は塔夏をまじまじと見つめた。
「あのときは、10歳ぐらいだったな。いくつになったんだ?」
「28」といいながら、この刑事と会った記憶を探った。
「そうか。28か」
 そのとき、同僚が秋本を呼んだ。秋本はいったん席をはずした。江田は塔夏をじろじろ見ている。
 犬の人形という言葉に、塔夏は思い出したくない過去が、急に自分に近づいてきたようだった。あのときの自分を知るものがいて、まだ覚えていたことに動揺した。
          
「帰っていいよ」
 秋本が戻ってくると、そう言った。
「え?秋本さん、ですが」
江田が驚いている。
「いいんだ。うちも伊勢山譲の件は調べている」
「ひとつ、聞いていいですか?」
塔夏が聞いた。
「なにを?」

「伊勢山の部下の社員は4人ですか」
「部下?みんな正社員じゃない。派遣社員だ。1人はもう2週間以上前に辞めてるが」
「誰です?女ですか」
「女だ」

「秋本さん」
江田が非難めいた口調で言った。そんなことしゃべっていいのかと、言いたいのだろう。
「どうも」
塔夏は立ち上がった。
違うことを聞くのかと思ったよ」
秋本はそう言うと、何かを思い出したように、あわてて部屋を出て行った。

 塔夏が部屋を出ると、秋本が戻って来た。
「光一くん、これを」
秋本が封筒を差し出した。
「お母さんが住んでた所だ。調べて渡そうと思ったら、きみはいなくなった」
塔夏は黙ったまま、その封筒を見つめた。
「なにせ昔、調べたことだ。今も住んでるかどうかもわからないが」
塔夏は秋本が言い終わるのを待たずに歩き出した。表情を何も変えなかった。

「秋本さん、そんなにずっと持ってたんですか。どういう事情です?」
いつの間にか、江田が秋本の隣に立っていた。
「どうにも捨てられなくてな。あの頃のおれは」
 塔夏が歩いて行くその向こうに、警察の出入り口が見えるが、車を下り、塔夏を待っている男がいた。
「誰でしょう?」
江田が秋本に聞いた。
「特殊危機管理対策局とかいうところの連中だろう」
「何です?」
「塔夏光一には関わらなくていいと言ってきた」
「どういうことです?」
「さあな」
秋本は小さくため息をついた。
「それにしても、28か。18年も経ったんだな」
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