第6話

文字数 2,195文字

 降ろしてもらった後、塔夏は家に戻るわけにもいかず、かりんの家に行くことにした。合鍵は持っている。

 彼女の家は繁華街の近くにあるアパートだ。仕事先まで遠いと“やってらんない”と、車の音がうるさくても、猥雑な環境でもずっとそこに住んでいる。
 家に入ると、6畳間がひとつに、すぐに台所がある。彼は店で買ったまま持って来た袋からビールを出すと、冷蔵庫に入れ、1缶開けて飲み出した。
 フランスパンをかじりながら、ベッドに近づくと、脱いで置いたままの散らばった服をベッドの外へ放りのけ、寝転がった。
 ベッドがあるから、よけい狭くなった部屋には、フィギュアやいろいろな小物が飾ってある。少し大きめの鏡台には化粧品が溢れんばかり、テレビにはゲーム機が接続されたままで、ゲーム関連の本がそのまわりにたくさんあった。

 彼女は家では、ひたすらテレビの前に座り込み、ゲームに没頭する。クリアできそうなとき、彼が足で彼女の尻をつっついてちょっかいだすと、怒り狂ってひどい言葉を連発する。彼はその怒り様が面白くて、また見たいのだ。彼女のゲームへののめり込みは相当で、彼の家にも持って来たいのだが、塔夏はそれをさせない。
 だからそれでいらついたときは、“切れた、マジ切れの禁断症状がぁ”とかうめいている。ゲームやりたければ1人でもいいような気がするが、彼女は彼に側にいて欲しいようだ。 ゲームの主人公の騎士みたいな男を、“光一に激似!”と言って喜んだり、そんなわがままだが寂しがりで、ばかみたいなことを言うかりんが、彼は好きだった。

 また、かりんは、彼の本当の仕事を知らない。ネット関連企業に勤めていると思っている。
普通ならときには仕事のことも、話の合間に出て来たりするだろうし、仕事関連の人のことも出るだろうに、まったくないのを変に思いもしない。彼の言うままを疑うことをしなかった。そういう素直さも、彼には実は都合がいい。
 逆に彼もかりんのことに、そう詳しくはない。彼女の好きなものや仕事、知り合い、考えやその日あったことなどは知っているが、彼女の家庭のことは聞いたことがない。知っているのは、家出してきたことだけだった。彼女の寂しがりは、そのあたりに原因があるのだろうという察しはついた。


 塔夏はチャイムの音で目が覚めた。いつの間にか寝ていた。チャイムがまた鳴る。そのままやりすごそうと動かなかったが、またチャイムだ。仕方なく、ごそごそと起き上がった。前にも彼女がネットオークションで購入した、フィギュアの小包が来たことがあったことを思い出した。
 ドアを開けると、そこには、塔夏のアパートへやって来たあの男たちの中の1人が立っていた。塔夏はあわてて扉を閉めようとしたが、間に合わなかった。 また別の男が横から身体を押し込むように入って来て、「われわれは、急いでるんだ」と、彼の首元を押さえ込んだ。



 塔夏が連れて行かれた先は、特殊危機管理対策局という所だった。 車から下り、ビル内のエスカレーターの案内板で知った。大げさな名前だ。彼がこれまでやってきたハッキングが、国家の危機に直結するとはとうてい思えなかった。
 彼は男たちに連れられて、ある部屋に入った。そこにはまた別の男がいて、何やらたくさんの機器が置かれてあり、さながら実験室のような感じだった。

「塔夏光一さんですね。とても有名な方のようで。もちろん、私たちの間でもよく知られてます」
 待っていた男が笑顔で言った。30過ぎだろうか、スーツ姿で、中堅サラリーマンといった感じに見える。危機管理対策という緊迫した名前のイメージはない。

「特殊危機管理とかっていうのと、おれがいったい何の関係があるんだ?」
「よくご存知で。残念ながら世間一般の認知度は、あなたほど良くないですねえ」
男は笑顔のまま近づいた。
「私は松島流といいます。昨日、爆発事件があったのは、ご存知ですよね?」
塔夏は黙って聞いているままだ。松島という男は、彼の返事など待っていないのか、そのまま続けた。
「死者は7名、負傷者は現在23名、まだ増えるでしょうが、この規模で済んだのは幸いかもしれません。 これが化学兵器だったら、とんでもない事態になってたでしょう。我々は国内のあらゆる危険人物や団体を、かなり把握しているつもりです。そして様々な想定のシミュレーションも行っていて、いかなる事態にも対応できるように、組織の指示系統や、分担など取り決め、万全にしてきました。 が、今回のテロを、事前に察知することができなかった。我々の掴んでいる範囲内にはいなかった。早急に調べ上げる必要があるんです。そこでです」

 松島は身を乗り出してきた。
「あなたにご協力いただきたい」
そう言うと、松島はテーブルの上の、分厚そうなボックスを指した。別の男がその側に、塔夏のいつも遣っているハードディスクだけの小さなパソコンと、コードを置いた。 彼の家から持ち出して来たのだろう。いかに彼のことを、把握しているかがわかる。
「容疑者がわかっているのなら、自白させたらいい」
塔夏は不安を押し殺した。協力する気など、さらさらない。
「まあねえ、こいつが自白してくれれば」
 松島は分厚いボックスを開けた。そこには一部欠損したむき出しの脳みそが、液体につかっていて、電極がつけられていた。

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