第27話

文字数 1,926文字

 塔夏が危機管理対策局に行くと、松島や高橋たちが待っていた。
「他人の脳をコントロールするなんていうのは、ばかげた話だと思ったが、まいったなあ。今はそういうことがあり得そうなんですね」と、松島が言った。
「見つかったんだ。電気信号でリモートコントロールする研究をしている大学の研究グループ、しかも今回の事件を起こしうる可能性のあるのは、日本ではひとつだけあった。それでそのグループの、直接コントロールシステムに関わった者を集めている。教授、助手、グループゼミの学生2人、あわせて4人だ」
高橋はそう言って、扉の方を示した。

「そこでね、我々は誰がいちばん疑われるか、ある程度掴んでいるんだが、その確証が欲しいんだなあ」
「それでおれにハッキングしろと?」
塔夏はにやっと笑った。
「何がおかしい?」
高橋は不愉快そうな顔をした。
「いや、別に」
そう言いながら、塔夏は自分にしかわからない、この曖昧なビジョンに、確証を求めていることがおかしかった。
「うまくいけば、これできみの役目は終わりだ」
相変わらず彼らは、何の情報も与えず、塔夏が何でもわかると思っているかのようだった。

 1人目が入って来た。
「瀬川教授です」
松島が紹介した。背広姿でずんぐりしている。眼鏡をかけていて、40代のようだ。指には結婚指輪、ネクタイが少し曲がっている。髪は白髪が混じり、ボサボサで、背広のボタンのひとつが取れかかっている。自分の身なりには無頓着な感じだった。

「おいおい、いったい何をするんだい」
教授は意味がわからないという感じだ。
「これをはめてください」
高橋が男のコネクターにケーブルを差し込むように言った。
「何をするんだい?理由が知りたいな」
塔夏はもうケーブルをつないで待っている。それを男は興味深そうに見た。
「ご協力お願いします」
「わかんないなあ。ま、いいよ、急いでよ。お願いだから」
彼はさっさと自分のコネクターに、ケーブルを差し込んだ。

 塔夏が聞いたことがないような、難しい専門用語が飛び交う。声を聞いているが、その声質自体は実にあやふやだ。音としての声というより、彼の脳内で声として変換しているみたいなもので、字を感じるという方が正確かもしれない。
 教授はあらゆるところで人と会っている。学会や講演会、何かのパーティなどのようだ。いろんな顔が見え、彼はその人たちに注意を向けるが、とりたてて教授が強い関心を持つ様子はない。横に歩いても、横向きの顔にならない人もいる。顔が曖昧でボケてることでわかる。
 突然、暗い部屋が見えた。誰もいない。大きなハイビジョンテレビがあり、デッキがある。DVDもたくさんあるが、ダンボール箱の中に、封もきられていないのもある。教授はその中からひとつ取り出すと、デッキに入れた。映画だった。繰り返して見ているのか、映像がはっきりしていた。おそらく家族も寝静まった、夜遅く帰宅後、教授はひとり映画を見るのが好きなのだろう。理系の人なのだが、情緒も豊かで、きっと生徒への教育でも、いい影響を与えられるはずだ。

 そこで突然ビジョンが切れた。教授がコネクターからコードを抜いたためだ。
「もういいだろ。まだこれから予定があるんだな、これが」
あっさり言うと、軽く笑った。
 塔夏はこの教授は事件と無関係だと思った。事件にも無頓着というか、自分のところが関与しているわけがないと思っているだろう。
 松島と高橋が塔夏を見た。彼は首を振った。塔夏は事件に関係ないことは言うのを避けた。

 続いて呼ばれたのが岩戸星哉という21歳の学生だった。瀬川教授のグループで研究に参加している。チェックのシャツにデニムというカジュアルな服装だ。線が細くて色が白い。行儀よく組まれた指の爪はぴかぴかで、清潔だった。
「コネクターにつないで、どうするんです?」
「きみがこの件に関してまったく関係ないことを、はっきりさせるためだよ」と、高橋がケーブルを差し出した。この男も相手によって言葉遣いを変える。仕事には熱心だが、強い者には簡単に手先にされそうだ。
「電気信号でも送るんですか?コントロール装置がどこにもないんですけど」
ふざけて彼らの研究のことを言った。
「ネズミじゃないから、僕をコントロールすることは、そう簡単じゃないと思いますが」
「コントロールは、しない」
塔夏がそう言うと、岩戸は笑って、ケーブルをつないだ塔夏のボックスをしげしげと眺めた。
「実に新しい取り調べ方ですね。まあ、これ、つければいいんですね。つければね」
岩戸は皮肉っぽくそう言いながら、コネクターをつけた。その顔には不敵な笑みと軽蔑が混じっていた。
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