第40話

文字数 1,819文字

 塔夏は飛ばされたが、すぐ立とうとして転んだ。また立ち上がろうとして、痛みに腹を押さえた。血が流れ、何かが刺さっていた。痛みをこらえて抜くと、それはパソコンの基盤の一部だった。辺りにはパソコンのパーツだったものがばらばらに飛び散っていた。

 塔夏は倒れたまま、すぐさま携帯を取り出すと、自分のコネクターとつないだ。

 なぜ、ナビは自分にこんなことを仕掛けてきたのだろう。目的は任海翔子の依頼の情報漏洩だけだったのだ。それがなぜ、殺人、誘拐へといってしまったのだろう。もしかしたら、自分が彼に無断で何も知らせず、突然去って行ったことが原因なのだろうかと思った。ナビと別れたのは彼が18歳のとき、もう10年も昔の話だ。

           
 
 塔夏は、ナビと知り合って以来、たびたび通って、家の中をきれいにすることをやり、ナビの作業を見守った。

ナビには塔夏のように、子弟関係のような仲間が数人いた。入れ替わり不規則に勝手にやって来ては、勝手にパソコンをいじっている。

ナビは教えてやると言ったわりに、何も教えてくれなかったが、見知らぬ仲間たちのように、彼は熱心にナビのしていることを見た。彼がハッカーだということも、そのしくみもやがてわかるようになっていった。「どうしてそうするの?」と聞けば、「足跡を消すためだ」とか、言ってくれることを参考にして覚えていったのだ。

 そしてコネクターをつけ、彼の特殊な能力が現れてからも、ナビを手伝い仕事をした。彼の能力はしだいに安定を増し、時には彼の能力が役立ち、仕事がうまくいくといったこともあった。

 ナビはあるとき、高額報酬の依頼を受けた。それは小さな規模のある企業の主力商品である、高性能工業カッターの開発設計データを手に入れることだった。

ナビは産業スパイとしても有能だった。企業は熾烈な競争をしていて、ライバルの開発や進行状況の情報はどうしても欲しいものだった。

こういう場合、相手は外国の企業や国家である場合が多い。なぜなら、その高性能カッターは軍事用に転用できる技術だった。法律的には輸出禁止製品に含まれている。

 塔夏はナビにこの仕事をやれとまかせられた。彼ははりきって、ハッキングをした。普通のハッキング行為だ。無作為ブレインハッキングは、この当時は彼にもまだなかなか難しかったからだ。

 ところが、彼がまだハッキングかけている数日のうちに、すぐに警察が彼の家にやって来て、彼は危ういところでなんとか逃げた。何かミスをしただろうか、よくわからないまま、急いで危険を知らせようとナビの家に行ったが、部屋には誰もいないどころか、何もなくなっていた。

 それから彼は家に戻ることもできず、途方に暮れた。ネットカフェなどで数日過ごした後、偶然ナビの“仲間”のひとりに会った。

その男に連れられて、入るのにカードがいる高セキュリティのマンションに行くと、ナビがいた。塔夏を見ると、何もなかったかのように彼をねぎらい、仲間にうまいものを何でも買ってこいと言った。

塔夏がなぜ何も言わず突然引っ越したんだと文句を言うと、ナビはそのあたりにあった紙切れに何か書き込むと、彼にポンと放った。そこにはアルファベットや数字が意味なさげに並んでいる。彼は意味がわからず、メモとナビを交互に見た。ナビはそんな彼をおかしそうに笑った。

「報酬だ、受け取れよ」

どうやらそれがキーで、ナビの集金サイトで打ち込めば塔夏にキャッシュバックされるようだ。
彼は理解した。

 つまり、塔夏はおとり役として使われたのだ。ナビは依頼があまりにでかい仕事だったため、警察が張っているのを恐れた。そして、塔夏がハッキングして、警察の居場所を特定されて追われた後、ナビはまんまと開発設計データを盗みだしたのだ。

ハッカー仲間にその方法を公開してやれば、みんなわんさかやって来るため、勝手に足跡は消してくれるのだ。道理で、ずいぶん気前も、機嫌もいいはずだ。

だが、塔夏は逆に怒りが湧いていた。ナビが事情を彼に言ってたとしても、彼はその役を引き受けただろう。なのに、何も知らされなかった。もし仲間にばったり会わなければ、二度とナビとは会うこともなかったかもしれない。それが彼に不信感を募らせた。

 結局、塔夏はその金を受け取ることなく、出て行った。そしてそれ以来、ナビとは二度と会うことはなかった。彼が18歳のとき、もう10年も昔の話だ。
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