第37話

文字数 1,517文字

 塔夏は15歳で施設を出ると、左官の仕事を始めたが、ずっと見習いでろくに仕事を教えてもらえず、雑用ばかりだった。
 結局、人間関係でうまくいかず、半年でそこをやめると、年齢を偽ってアルバイトをして生計をたてた。建設現場、警備員、配送、夜の店の呼び込み、チラシ配り、いろいろやった。気付けば、昔、父親がやっていたことと同じことをしていた。父親はこうやって働きながら、何を考えていたんだろうと、時々ふと思った。

 あるとき、配達の仕事で、マンションに小包を届けた。チャイムを鳴らすが出て来ない。ノブを回すと開いた。その向こうには、パソコンの機材がたくさんあり、男の後ろ姿が見える。

「すいません、ハンコお願いします」
「サインするから持って来て」
その男が言う。
「入って」
彼はそろそろと靴を脱いで上がった。

 部屋は8畳ぐらいだが、そこはパソコンなど機械であふれ、コードがごちゃごちゃしていた。そして台所には食べたものがそのまま溢れ、ゴミはビニールに入れてそのへんに置かれ、服は脱ぎ散らかしたままだし、煙草は灰皿に溢れている。不潔きわまりない部屋に、彼は顔をしかめた。

 男は30ぐらいで、くわえ煙草で無精髭をはやし、よれよれのランニングとパンツ姿だったが、首のうしろにコネクターをつけていて、コードを接続してパソコンの画面に向かっていた。コネクターで直接脳とパソコンを接続するのは、最近少しずつ知られるようになってきたことだが、塔夏が見たのは初めてで、思いきり興味をそそられた。

 男はキーボードを触ることなく、パソコンの画面を操作しているのだ。コネクターと画面に釘付けになった。

 男が手を出したので、あわてて用紙とペンを渡す。男は殴り書きで“四谷”とサインした。その間も塔夏はずっとコネクターを見ている。
「興味あるか?」
男が画面を見ながら聞く。塔夏はうなずいた。
「こういうのやったことあるか?」
塔夏は首を振った。
「また来いよ、教えてやる」
男はコードを抜くと、塔夏の方を見て、にこっとした。それが、四谷、通称ナビとの出会いだった。

 皆月公園でベンチに座っていると、見知らぬ男がやって来た。じろじろ彼を見ている。
「あんたがトーガって人か?」
「そうだ」と、彼は立ち上がった。 緊張する。
男は「頼まれた」と、彼に紙切れを渡すと、そのまま走って行った。

 紙切れには、乱暴に地図のようなものが書かれていた。そして1カ所に丸印がつけてある。この公園のそばのようだ。彼は紙切れの向きを変えて、方向を確かめる。どうやら公園の東側の裏手だ。東側に走り、裏にまわったとたん、何者かに殴り倒され、彼は何が何だかわからないまま、車に押し込まれた。すぐ目隠しをされ、両手を後ろで縛られた。

「誰だ!どうするつもりだ」
 何も言わない。車はずっと走り続けている。おそらく運転手と彼を縛った者の2人組だ。

少し落ち着きを取り戻す。
「ナビに頼まれたのか?彼は人を使うのが好きだからな」
車は左右に曲がっては走っている。

「ね、ブレインハッカーってどんな感じ?」
 ひとりが塔夏に聞く。
「おい」
もうひとりが、あわてたように制止した。どうやら2人とも同業者らしい。
「集中していくと、脳に血液が集まって行く感じがわかる」
塔夏はそのときの感じを思い返した。
「脈打つ血流が脳の隅々に染み渡り、引いて行き、また新たにやってくる。暗闇の中、パルスが走るように光る。それから中央がぼんやりと薄明るくなって見えてくる」
相手から反応がない。じっと聞いているようだった。
「回線から特定して探すときは、いろいろな音、いろいろなイメージが溢れてくるよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み