第26話

文字数 1,977文字

 塔夏はまたゲームセンターに来ていた。今度、結衣がここに来ていたら、英里にきちんと報告して、見張るのをやめようと思っていた。が、探す間もなく、結衣の方から塔夏に声をかけてきた。
「おじさん」
「また来てたのか。誰かといっしょ?」
「ま、ね」
少し離れたところで友だちだろうか、4人ほどいて、こちらを見ていた。

「相談があるって言ってたね、何?」
「あたしから聞く順番だったよ」
「どうぞ」と、塔夏は手を差し出した。
「5万で、どう?」

 塔夏は一瞬意味がわからなかった。結衣の幼い表情と、その言葉が結びつかなかったからだ。
「どうって…」
「いいとこ、行こうよ」
結衣は塔夏の手を引っ張った。彼女の友だちらが、にやにや見ている。

「いいよ」
塔夏はわざと肩を抱くと、彼女の身体がこわばっているのを感じた。
「どこ行くの?」
結衣の声が不安そうだ。

 塔夏は大きいホテルに連れて入った。ダブルの部屋を頼むと、ホテル従業員はキーを差し出しながら、ちらりと結衣を見た。 エレベーターに乗る。結衣はだんだん後ろをついてくるようになった。一室のドアを開けると、結衣は廊下で止まったままだったが、うながされて、のろのろと部屋に入った。
 窓からきれいな夜景が見える。彼はキーを机に放ると、テレビをつけた。野球中継をしている。チャンネルをいろいろ変えてみる。
「どれを見る?」
彼女は首を振る。
「ああ、そうだな。この時間は塾だからな、見ないか」
塔夏は彼女の反応が、そういう理由ではないことはわかっていた。彼が笑えるほど、真剣に緊張感が伝わってくる。

「おいでよ」
 彼は突っ立ったままの結衣を、そっと抱きしめた。彼女の震えが伝わって来た。おどおどと塔夏の首に手をまわす。手が彼の首のコネクターに触れた。
「あ、コネクター。あたし、あたしもつけたいな」
「そう?」
「だって、つけたら、つけたら、片手にバーガー、もう片手にチョコシェイクもって、ゲームできる」
子供っぽさに、彼は少し笑った。しばらくそうやって立っていたが、彼女は「おじさんとなら、いいよ」と、意を決したように、彼にキスしようとしてきた。
 塔夏にはそんな気はまったくなく、思わず笑いそうになった。 彼女の身体を腕を伸ばして離した。彼女はきょとんとしている。
「さっきの友だちに言われたの?」
「え?」
「金、もってこいって」
結衣は口をとがらせる。
「ここ、大きいホテルだね」と、はしゃぐように言って、窓の外を眺めた。
「あの子たちは友だちじゃない。きみはただの金づるだ」
「違うよ!」
「だったら、どうしてきみに、援交してでも金を持ってこいと言うんだ。そんなのは友だちじゃない」
「なんで説教されなきゃなんないの?お金、払う気ないんだったら帰る!」
「本当に友だちなら、きみがそうやって怒ることもいうはずだ」
結衣は彼をじっと見た。

「たぶん。友だちがいないおれがそんなこと言うのはおかしいけど」
「いないの?彼女はいても」
「ああ、いない」
結衣はまた近づいて来た。
「あたし、友だちになってあげてもいいけど」 と、さきほどとは違う表情を見せた。
「本当に?」
「うん」

「友だちなら、言わないといけないことがある」塔夏は覚悟を決めた。
「なに?」
「塾に行くんだ。塾が嫌なら、それはそれでちゃんと言えばいい。家庭のことが不満で憂さ晴らししてるんなら、それもちゃんと言えばいい。でも家の財布から、お金を取っちゃだめだ」

 結衣は驚いた。
「なんで…」
「きみのお母さんから、調べてほしいと頼まれたんだ」
彼女は両手で口を覆った。
「直にきみに聞いたらいいと言ったが、お母さんはきみを信じたいから、聞くのが怖いと言ったんだ。本当に心配してる」
 塔夏は反応をうかがうが、結衣は言葉を発しない。しばらく沈黙があった。
「何が心配だよ!最初からあたしのこと見張ってたんだ!なのに友だちみたいな顔して、嘘ついて!あんたも、お母さんも、最低!」
結衣は激しく怒りをぶちまけた。初めて見た彼女の素の感情だった。 彼女はそのまま走り出て行き、あとから扉がゆっくりと閉まる音がした。

 言うべきではなかったか、彼は自問した。だが、やはり言うべきだったと思った。見ず知らずで遠くで見ているだけなら、そのままを報告して終わったかもしれない。
 最初は自分の仕事のために、結衣のことを適当に利用しようと思っていたぐらいだ。だが、なぜそうしなかったのか、彼にはわかっていた。英里の娘だからだ。彼は英里の悩みに応えてやりたかったのだ。

 窓の外の夜景がきれいだ。まあ宿はとったんだから、今日は泊まって帰ろうとベッドに寝ころんだ。ちょうどそのとき、携帯が鳴った。かりんからだろうと思ってでると、危機管理対策局の松島からだった。
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