第44話
文字数 2,484文字
秋本刑事から連絡が入った。塔夏は商店街の端のところまでやって来ていた。 メイン通りはすっかりシャッターだが、車は通っている。日頃はほとんど車が通らない場所だが、この商店街をすぎるあたりの新しいマーケットの影響だろう。
秋本が風船を配っていたバイトの学生に、どこからどこまで配って歩いたのか聞いたところ、商店街のある大通りからふたつ裏の通りまでぐるりと回ったらしかった。 そのエリアが幅広く、絞れない。秋本たちも走って探している。
塔夏はハッキングする。彼らの目線をも捉える。不動産事務所で調べる。階段を上がるが鍵が閉まっている。角の家に声をかける。めまぐるしく動いている。不動産事務所の該当物件も共有しながら調べていく。時間がない。
そのとき、一瞬見覚えのあるものが見えた。自分の目ではない、ハッキングによるものだ。
「秋本さん、止まって」
「あ?」
秋本は驚いて立ち止まる。
「秋本さん、少し戻って」
秋本は少し戻ろうとするが、「さっき、振り向きましたよね?その角度で」
秋本が言われたとおり振り向くとき「止まって」と塔夏に言われる。横を向いたまま止まった。
秋本の視野に、住宅の大きな窓ガラスに映るクリスマスツリーのような形が見えた。秋本の背後にはこの形の木がある。
「反対側を向いて。木の向こう、そこに見える窓ガラス、少し開いたカーテンがある?」
塔夏は秋本の返事を聞く前に、秋本の目線で、カーテンが半開きのようになった窓を確認したとたん走りだした。位置情報を確認しながら走る。
時計を見ると、1時間まであと5分ある。なんとか間に合ったと思うが、なにか不安にかられたままだった。
秋本はおそらく被疑者確保も念頭においているのだろう。だから警察に要請している。ナビがそこにいるかもしれないと思っているが、塔夏にはあり得ないと思った。
ナビは彼をだまして利用して、自分はしっかり稼ぐような男だ。今頃金になることをせっせと実行しているはずだ。では、1時間より前に、結衣が見つかるような想定はしていたのだろうか。やつは結衣の前に時計を置いた。
『あまりゆっくりも困るから、そうだ、1時間だけ時間をやる。』
まるで思いつきのようでもあり、わざと思いつきにみせたようにも思える。1時間にどういう意味があるのか。つまり、その時計が爆発の合図だと示すためだ。本当にそれが爆発するのか、単なる脅しなのか、塔夏はナビならどうするのか考え込んだ。
通りにあの映像に見えた木が少し見えた。クリスマスツリーのような木だ。そこから彼はさぐる。 秋本の目線だ。その家は平屋で木の方が背丈が高かった。塀はなく、庭は小さいがある。横に運転していた同僚の男、そして警官がいる。ハッキング映像を見ながら塔夏は痛みをこらえて走って行く。
塔夏は“シフト”に管理されていた。だが、世の中が管理社会であることに変わりはない。会社ではスキャンで、証明は免許証やマイナンバーカードで、収入は納税でなど、どんなとこからでも、誰でも常に管理されている。
ナビでもその管理からは逃れられない。だが、ナビは自分は違う、特別だと思っている。
なぜナビは、自分を事件に巻き込んだのか、突然、10年ぶりに自分の目の前に現れたことが、塔夏はそれがわからなかった。
昔、塔夏が特殊な能力を開花させていったとき、業界でもしだいに知られていき、ナビの仕事を手伝うアシスタントであったのが、彼自身に仕事の依頼がくるようになった。
だが、ナビは彼に単独の仕事はさせなかった。自分の仕事の手伝いにも、その能力は使わせなかった。それはハッキングの技術を教えていると思っていたが、ナビは彼におそらく嫉妬していたのではないだろうかと思った。
ナビの立場になってみると、よりはっきりする。始めて間もない少年が、自分にはない能力を見せたのだ。彼より10年以上のキャリアがあるのにだ。塔夏がナビのもとから去る原因になった、おとりにされた件にしても、いまにして思えば動機が嫉妬からだとしたら納得できるものがある。塔夏は今までナビという男が、論理的で怜悧だと思い、感情的だとは思わなかった。
『ブレインハッカー、かっこいいじゃないか。どうだ?昔より上達したんだろ。おまえにその実力を、ぜひ見せて欲しいんだ。』
彼の言葉にヒントはあった。ナビは彼を事件に巻き込んだんじゃない。彼に“勝つために”事件を起こしたのだ。すべての理由はそこにあった。やつは嫉妬という感情をずっと持ち続け、忘れられなかった。
そこにやってきた小さな事件の依頼が、彼の感情に再び火をつけたのだ。
塔夏よりも有名になってやると。
塔夏はくやんだ。ナビという男を理解していなかった。英里は、人のことはよくわかると、彼のことを言った。その通りだ。彼は自分に向けられる感情についての理解は難しかった。昔、父親の横顔を見ながら、いったい何を思っているのか、自分が何か怒らせただろうか、いつも迷っていたように。
そのとき、あっと思った。やはり答えはナビの言葉にあったのだ。ナビはやりすぎた。自分の能力をアピールしたいがために、凝りすぎた“プレゼンテーション”をした。塔夏に結衣を取り戻せと言うだけでいいことを、あえていきさつを語り、ビデオで見せた。それは、不利になるヒントを、その分だけ相手に与えることにもなる。
『飛び降りや爆発を選んだのは、マスコミや警察が大騒ぎするような、社会に影響を与えるためじゃない。ただ携帯を使い物にならなくして、足跡を消すためさ』
やつはそう言った。時計は関係ない。やつは足跡を消すために、結衣を確実に消してしまうだろう。それがやつの結末なら、時間じゃない、直接的でなければならない。なにかの合図で確実に。
それは結衣を助けるときか、そう、例えば扉を開けるとき。
塔夏は脇腹が痛いのも忘れて、全速力で走り出した。扉が見えた。コネクターをかなぐり捨てる。リアルな世界のこの状況に、普段遭遇しないこのリアルさに、彼は半ばパニックになった。
「だめだ、開けるんじゃない!」
秋本が風船を配っていたバイトの学生に、どこからどこまで配って歩いたのか聞いたところ、商店街のある大通りからふたつ裏の通りまでぐるりと回ったらしかった。 そのエリアが幅広く、絞れない。秋本たちも走って探している。
塔夏はハッキングする。彼らの目線をも捉える。不動産事務所で調べる。階段を上がるが鍵が閉まっている。角の家に声をかける。めまぐるしく動いている。不動産事務所の該当物件も共有しながら調べていく。時間がない。
そのとき、一瞬見覚えのあるものが見えた。自分の目ではない、ハッキングによるものだ。
「秋本さん、止まって」
「あ?」
秋本は驚いて立ち止まる。
「秋本さん、少し戻って」
秋本は少し戻ろうとするが、「さっき、振り向きましたよね?その角度で」
秋本が言われたとおり振り向くとき「止まって」と塔夏に言われる。横を向いたまま止まった。
秋本の視野に、住宅の大きな窓ガラスに映るクリスマスツリーのような形が見えた。秋本の背後にはこの形の木がある。
「反対側を向いて。木の向こう、そこに見える窓ガラス、少し開いたカーテンがある?」
塔夏は秋本の返事を聞く前に、秋本の目線で、カーテンが半開きのようになった窓を確認したとたん走りだした。位置情報を確認しながら走る。
時計を見ると、1時間まであと5分ある。なんとか間に合ったと思うが、なにか不安にかられたままだった。
秋本はおそらく被疑者確保も念頭においているのだろう。だから警察に要請している。ナビがそこにいるかもしれないと思っているが、塔夏にはあり得ないと思った。
ナビは彼をだまして利用して、自分はしっかり稼ぐような男だ。今頃金になることをせっせと実行しているはずだ。では、1時間より前に、結衣が見つかるような想定はしていたのだろうか。やつは結衣の前に時計を置いた。
『あまりゆっくりも困るから、そうだ、1時間だけ時間をやる。』
まるで思いつきのようでもあり、わざと思いつきにみせたようにも思える。1時間にどういう意味があるのか。つまり、その時計が爆発の合図だと示すためだ。本当にそれが爆発するのか、単なる脅しなのか、塔夏はナビならどうするのか考え込んだ。
通りにあの映像に見えた木が少し見えた。クリスマスツリーのような木だ。そこから彼はさぐる。 秋本の目線だ。その家は平屋で木の方が背丈が高かった。塀はなく、庭は小さいがある。横に運転していた同僚の男、そして警官がいる。ハッキング映像を見ながら塔夏は痛みをこらえて走って行く。
塔夏は“シフト”に管理されていた。だが、世の中が管理社会であることに変わりはない。会社ではスキャンで、証明は免許証やマイナンバーカードで、収入は納税でなど、どんなとこからでも、誰でも常に管理されている。
ナビでもその管理からは逃れられない。だが、ナビは自分は違う、特別だと思っている。
なぜナビは、自分を事件に巻き込んだのか、突然、10年ぶりに自分の目の前に現れたことが、塔夏はそれがわからなかった。
昔、塔夏が特殊な能力を開花させていったとき、業界でもしだいに知られていき、ナビの仕事を手伝うアシスタントであったのが、彼自身に仕事の依頼がくるようになった。
だが、ナビは彼に単独の仕事はさせなかった。自分の仕事の手伝いにも、その能力は使わせなかった。それはハッキングの技術を教えていると思っていたが、ナビは彼におそらく嫉妬していたのではないだろうかと思った。
ナビの立場になってみると、よりはっきりする。始めて間もない少年が、自分にはない能力を見せたのだ。彼より10年以上のキャリアがあるのにだ。塔夏がナビのもとから去る原因になった、おとりにされた件にしても、いまにして思えば動機が嫉妬からだとしたら納得できるものがある。塔夏は今までナビという男が、論理的で怜悧だと思い、感情的だとは思わなかった。
『ブレインハッカー、かっこいいじゃないか。どうだ?昔より上達したんだろ。おまえにその実力を、ぜひ見せて欲しいんだ。』
彼の言葉にヒントはあった。ナビは彼を事件に巻き込んだんじゃない。彼に“勝つために”事件を起こしたのだ。すべての理由はそこにあった。やつは嫉妬という感情をずっと持ち続け、忘れられなかった。
そこにやってきた小さな事件の依頼が、彼の感情に再び火をつけたのだ。
塔夏よりも有名になってやると。
塔夏はくやんだ。ナビという男を理解していなかった。英里は、人のことはよくわかると、彼のことを言った。その通りだ。彼は自分に向けられる感情についての理解は難しかった。昔、父親の横顔を見ながら、いったい何を思っているのか、自分が何か怒らせただろうか、いつも迷っていたように。
そのとき、あっと思った。やはり答えはナビの言葉にあったのだ。ナビはやりすぎた。自分の能力をアピールしたいがために、凝りすぎた“プレゼンテーション”をした。塔夏に結衣を取り戻せと言うだけでいいことを、あえていきさつを語り、ビデオで見せた。それは、不利になるヒントを、その分だけ相手に与えることにもなる。
『飛び降りや爆発を選んだのは、マスコミや警察が大騒ぎするような、社会に影響を与えるためじゃない。ただ携帯を使い物にならなくして、足跡を消すためさ』
やつはそう言った。時計は関係ない。やつは足跡を消すために、結衣を確実に消してしまうだろう。それがやつの結末なら、時間じゃない、直接的でなければならない。なにかの合図で確実に。
それは結衣を助けるときか、そう、例えば扉を開けるとき。
塔夏は脇腹が痛いのも忘れて、全速力で走り出した。扉が見えた。コネクターをかなぐり捨てる。リアルな世界のこの状況に、普段遭遇しないこのリアルさに、彼は半ばパニックになった。
「だめだ、開けるんじゃない!」