第8話

文字数 1,289文字

 さらに注意深く探っていく。小さく、なにかただのごちゃまぜの、不可解な色どりだけがあるように見えるものがあった。 例えて言えば、印象派の油絵があるとする。それは近くで見ると、ただ色とりどりの絵の具があるだけで、遠く離れて見て初めて風景がそこに描かれていることがわかる。そういう感じだ。

 ものを見ようと意識をもっていくと、しだいにドアの形が見えてきた。そのドアを開ける。この脳の持ち主が開けたのだ。 足下には泥のついた靴跡あった。それはやや右を向いていた。その上を靴のまま歩く。通れるところは右へと曲がっているようだ。
 部屋があると感じた瞬間、すぐにその気配はまた不可解な色どりに戻る。大きめの部屋のような感じがした。そしてなにか、角のあるシミか影のようなものが見える。そして正面には、縦長の上下に開く窓があった。彼の家にある窓と同じつくりだった。
 彼は自分を疑った。自分の勝手なイメージを、与えているだけはないかと思ったからだ。その窓を開けようと近づいた。 鍵はかけてない。持ち上げたら開くはずだが、開けることができない。おそらく、その部屋の持ち主は開けることはなかったのだ。窓の外に目をこらすが、なにも感じとれなかった。


「どうだ、なにかわかったか?」
 塔夏がコードをはずしかけると、高橋がせっかちに聞いた。
「公園で誰かから受け取った紙袋、茶色い紙袋でしわくちゃだが、赤いラインがはいっている。それに爆発物は入っていたみたいだ」
塔夏はかなり疲れているのを感じた。

「どこの?」
高橋が聞く。
「そこに住所が書かれてるわけじゃない」
集中できる時間には限りがある。今回はいつもより時間を多く費やし、細心の注意をして探っていったのだ。
「もちろん、それを調べるのはこちらの仕事ですが、どうです?何かその公園で気付いたことはないですか?渡した人物の顔とか」
松島の質問に、塔夏は首を振る。

 彼は思い返す。見えたビジョンをもう一度思い出して観察してみる。
「落書き…、ベンチに“ショウダイスキ”や“シネボケ”とか“見てるか?”や“タケカネクレ”とか落書き…。その側にゴミ箱…、ゴミは食べ残しがある透明トレーの弁当と、くしゃっと丸められたハンバーガーの紙袋、ウーロン茶のペットボトルが捨てられている。だからゴミを回収したあと、少しだけたった時間ということだろう」

 松島は疑い半分で、あり得ないとでもいうような顔をしている。

「だが…」

「なんだ?」
塔夏が言いかけてやめたので、高橋が言った。

「いや、曖昧すぎて、言えない。確信が持てない。もういいだろう?この脳みそから、これ以上は無理だ」
「うそつけ。やるんだ」
高橋が怒鳴った。
「まあまあ。仕方ないじゃないか。帰ってもらっていいですよ。また協力よろしくお願いします」
松島が高橋を制して、にこやかに言ったが、塔夏を強引に連れて来たことを忘れているかのようだ。

 塔夏は奇妙な感覚だった。あの脳みそは爆発物を、爆発するそのときまで、意識していなかった。だが、その意味がわからなかったから、松島たちには言わなかったのだ。
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