第39話

文字数 2,023文字

『見てるか?』

声がした。くっくっと笑い声もする。姿は見えない。見えるのは、薄暗いどこかの部屋だ。

『まあまあがんばっていたが、最初あのベンチのメッセージ、 ただの落書きと思ったのがマズかった』

塔夏はその声の主がナビだと確信した。ナビ、彼にハッキングを最初に教えてくれた男。その男がいったいなぜこういうことをしているのか、彼には検討もつかなかった。この時点までは、ナビではないとも思いたい気持ちもあったのだ。

 なんとか手のひもをほどこうとする。

『はあ、いったい何で、わざわざ芝西という男選んだと思う。ま、飛び降り男が爆発男のとこへ英語習いに行かなかったのはダメだったな。両方の件のつながりが、あれでわかりにくくなった。でも、ま、代わりに行ったパート女が、コムテックの株男と関連性あったし』

またくっくと笑う声だ。ナビはずっと塔夏の周囲を調べていたのだろう。

カメラの画面はただ薄暗い部屋の中を映している。隅の方にソファーらしきものに、布がかけられているのが見えた。

『警察には捜査は無理。おれたちは互いに認識ない。名前も聞かない。コントロールしたやつも、爆発物作ったやつも、おまえをここに連れて来たやつらも、みんな互いに知らない者同士だ。まあ、彼らでなくても、ネットじゃ、瞬く間にまた別のやつらも集まる。つまり犯人は誰にでもなりうるんだ』

彼は椅子に座ったまま身体を動かし、事務机に近づいた。埃がうっすら白く積もり、ここが普段使われていない部屋だとわかる。彼はなんとか縛られた後ろ手で、引き出しを開けていく。1つの引き出しにボールペンやサインペン、クリップ、プラスティック定規などがそのまま残っていた。彼は顔を近づけ、定規をくわえると、縛られた後ろ手の位置ほどの高さの引き出しを少し開けて、そこにはさみこんだ。

 ナビはまだしゃべっている。映像からクラクションの音が聞こえた。車のエンジン音がわずかだが入ってくる。

『おまえらは人がよすぎる。“シフト”が秘密厳守で仕事を供給し てくれると本気で思ってるのか?どうして危機管理対策局のやつらが、おまえのことをもよく知ってたと思う。“シフト”はやつらの組織だ。みんな管理されている。何かのときにおまえらのスキルを使うために、飼ってる のさ。どうだ、大した金にならない仕事ばっかだろ。少々の犯罪まがいの仕事は目をつぶるが、国益を損なうようなやばい仕事は、やつらが止めるからまず来ない』
そういうとまたくっくと笑った。

塔夏は引き出しにはさみこんだ定規を後ろ手になんとかはさむと、それでヒモを切ろうと、こすりはじめた。


『その飼われてるネットのハッカーたちが、おまえに実に興味を持ってる。ブレインハッカー、かっこいいじゃないか。どうだ?昔より上達したんだろ。おまえにその実力を、ぜひ見せて欲しいんだ。そうしたくなるようなものを見せてやろうか?』

ノートパソコンだろうか、カメラが横に動いていく。

窓が見える。窓の外、カーテンの隙間にまっすぐ伸びた、長い三角のような形に刈られた木が見えた。その向こうを何か赤や黄色、緑のような色が動いたと思ったが、カメラは止まらず移動した。暗い部屋の中、明るいテレビのディスプレイを映しだした。さらに横にずれていくと、人影が見えた。

結衣だ、と彼は思った。もうすぐヒモが切れそうだった。

『あまりゆっくりも困るから、そうだ、1時間だけ時間をやる。おまえは縛られて不利と思うだろが、まあその様子だと、ハンディ減らしても、大丈夫だろ?』

これはライブカメラだ。塔夏の様子を見ているのだ。録画ではないことがわかった。今、ナビはこの向こうにいる。塔夏は怒りが増した。

『それに、ちゃんと探せるようつけてある』

 カメラの角度がさらに変わると、その人影の首もとにコードがもっていかれた。結衣にはついてなかったはずだ。ナビがつけさせたと思った。結衣の顔が映り、どきりとした。ぴくりともしない。向こうに裏口らしき扉が見えている。

『今は眠ってるだけだが、時間厳守で』

ナビの手が時計を側に置いた。秒針が進んでいる。嫌な予感がした。あの時計が爆発物の可能性がないわけではない。

塔夏は怒りがますますこみあげてきた。彼女がどうして、こんな目に合わされなくてはならないのか。

『おれも忙しいんだが、ひとつ、教えといてやろう。おまえはまだわかってない。飛び降りや爆発を選んだのは、マスコミや警察が大騒ぎするような、社会に影響を与えるためじゃない。ただ携帯を使い物にならなくして、足跡を消すためさ』

 塔夏は手を縛っていたヒモがようやく切れた瞬間、椅子から転げ落ちた。手をさすりながら、よろよろと立ち上がると、すぐパソコンに近寄ろうとした。どこから配信してきているかを突き止めようと思ったのだ。
 ところが、足を一歩前に出した瞬間、ポンっという音と共に爆発し、彼はその爆発で飛ばされた。
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