第2話

文字数 2,195文字

 彼はまず、ころがったままの鞄のまわりに散らばった、男の持ち物を調べる。
免許証から名前は守熊省吾、年は42、名刺からインターネットショッピングサイト運営の『ユニヴァーサル』社長。クレジットのゴールドカードが十数枚、車のキーが高級車のもの、財布に残っていたカード明細はフレンチレストランのもので、何人で行ったのだろう、昨日の夜78000円食事している。
 さらにパスポート。何度も出入国している。意識のないその男の目をひらいてスマホ認証させ開く。チェックすると、商談相手か登録番号がずらり、さらに行きつけのレストラン名らしきものや、花屋、カーショップ、航空会社、宅配、クリーニング店などもある。

 そして手帳アイコン開くと、スケジュールがびっしり書いてある。明日はアメリカへ商談に行くためか、今日は、このホテルに泊まることになっている。彼は時計を見た。

「今日は午後5時に会食となってる」
 今は午後2時8分だ。
「薬がきいているのはあと1時間ぐらいだ。大丈夫か?」
ピアスが眉間にしわをよせた。彼らはこの守熊が、ホテルで昼食を運ばせてとることをつかんで、料理が運ばれる隙に睡眠薬を混入させたのだ。

「ここにはスケジュール以外はないな」手帳アイコンを閉じた。
「ったりまえだろ。いくらハッキングしてもダメなくらいだ。毎日パスワードを変えてるんだろうけど、関連性のある言葉で拾ってみても全然出て来ない。経営管理の機密系セキュリティは万全だよ、このおっさん」
今度は長髪がキレた。結局ここまでしてハッキングしかけても無理だったため、“シフト”に依頼し、彼がやって来たのだ。

 この業界もつながっているほど、金儲けのチャンスが多い。昔は個々のハッカーがネットで知り合って情報交換が主流だったが、ネット監視強化で取り締まりも厳しくなり、そのせいで、仲介業“シフト”という組織ができた。
やがてネットワークが広がったが、“シフト”を利用するには、依頼側の情報を“シフト”に登録することが必要だった。互いに契約を守ることで、警察や業界外の干渉から逃れることができるのだ。

 彼はまたベッドの男に近づいた。確かに大口を開けたまま寝ている。ベッドから斜めにはみ出した、履いたままの靴を見ると、左の靴底の外側がやけにすり減っている。人には歩き方にくせがある。この男は左に重心を置いて傾いた歩き方をしているようだ。右肩に重めの鞄をかけても、そういう歩き方になる。
 左手には大きめの高そうな、派手な指輪を2つ、薬指と人差し指にしてはめている。プレスのきいたパンツは新品か洗ったばかりのようだ。ベルトを閉めているが、太った胴回りがベルトから垂れている。その脂肪を押し上げ脇腹のあたりに手をいれると、吊りひもを引っ張り出した。ハンガーに吊るときに使ったりするが、そこにはクリーニングのタグがつけられたままだ。

 手帳の予定では、クリーニングの仕上がりは昨日のはずだった。急いでいて、うっかりタグを取り忘れたのだろうか。いや、日付からは、今日仕上がったことがわかる。
 男の胸元に視線がいった。白いワイシャツには丸くしみのようなものがついている。鼻を近づけると、かすかにだが、覚えのある匂いがした。
 男の手の指をもう一度見る。指先に少してかりがある。昼のテーブルに残されている食事を見ると刺身がメインの和食だった。こんな油がつくようなメニューではない。

「さっさとやってくれ」
 長髪がいらついている。
「ご立派なコツでも何かあるのかなあ?」
ピアスが嫌味な口調で言う。
「電極だけさ」
彼は振り向きもせず言った。3人はむっとした顔のままだった。

 男の薄い頭をかき分けると、接続部分の金属が現れた。今や10人中7、8人というほとんどの大人が、こういう電極、コネクターと呼ばれるものを持っている。これがあれば直接ネットとつなげ、キーボード操作がいらない。操作なしにディスプレイに直接情報を出すことができ、より早く、より簡単なアクセス、情報交換ができるのだ。もはやあたりまえのシステムといっていい。
 この国では15歳未満の子供は禁止されているが、他国ではその対応はまちまちで、小さな子供のときからつけている場合もある。だが、その場合、成長期であるため、頭蓋骨の成長に合わせ、接続部分を作り直して行く必要がある。

 彼はその守熊のコネクターにコードを差し込み、小さなボックス型パソコンとつなぐ。そしてそれを通し、自分の頭部のコネクターにも接続した。

「なるほどね、素晴らしい。そうすると、このおっさんの脳みそが見えるわけだ。おれも電極あるし、やってみようか」
長髪はほとんどバカバカしそうに笑った。
「ディスプレイもないお道具で。神経回路がなんかしゃべってくれるってか?だからおれは“シフト”なんかあてにすんなって言ったんだ」
メガネが吐き捨てるように言った。

「ブレインハッカーなら、そんなこともできるんだろうけどな」
 ピアスが言う。
「なにそれ」
「知らないっての?ハッカー世界じゃド有名だぜ。ハッカーを超えた超能力者だってリスペクトされてる」長髪にメガネが言い、さらに「まあ、んなことやれるわきゃねーよな」とため息で続けた。
 依頼された彼は沈黙したままだ。守熊の意識を感じ取ろうと、すでに侵入していたからだ。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み