第19話

文字数 2,325文字

 コムテックは駅の側、大通りからひとつ入った通りの角の便利な場所にあった。塔夏はその12階建てのビルを見上げた。

 コムテックの1階のロビーに入った。数人がエレベーターを待っていて、近くには受付があり、案内の女性が2人座っていた。壁には案内板がある。
 コムテックはビルの10階に入っていた。予想外に小さなスペースだ。ここには、コムテックのネット部門しかないようだった。
 彼は1階のトイレの個室に座ると、携帯とコネクターで頭と回線をつないだ。

 すぐに雑音、映像が混線したようにざわざわと、彼の周りに溢れかえる。まずコムテックのアドレスにアクセスすると、そこから探り始めた。
 どこで探ろうと、実際の距離は関係ないが、もし何か発見できたら、実際に確認してみたいと思ったからだ。新屋敷秀人がコネクターで接続して仕事をしていたら、見つけられる可能性は高い。

 新屋敷秀人は、どのように仕事をしているだろうか。定刻に帰るから、仕事は熱心ではないのだろうか。だが、中元、歳暮は欠かさないし、英里の夫が公務員であることにこだわっているところは、安定、上昇志向はある。いや、昇給のほうが目標なのだろうか。なぜなら、業務で使う肝心のパソコンには興味がないからだ。
 ただ、仕事で得る収入だけが関心事項なら、株に熱心にもなるだろう。金への執着が、家計を自分でおさえていることにもつながっていく。そのため、家庭すべてもコントロールしようとする。妻の趣味にケチつけるのも、自分が興味ないことに金が使われるのが、もったいないと思ってしまうのかもしれない。
 金がいるから、趣味も持たないのかもしれない。株という金が関わるものが唯一の趣味だとしたら、実に分かりやすい男だ。普通、人は金を貯めるのは何かを買うためだったりするが、この男は金を貯めるだけが目的だ。
 ケチな男は自分の金は使わなくても、人の金なら惜しみなく使えるだろう。仕事時間、株をやっているかもしれない。だが、小さな儲けを積み重ねていこうとする慎重な、現実的な男だ。何もかも現実的だ。自分の範囲を決め、限度を決め、そこからは一歩もでず、足し算はしていかず、家計簿をつけるように、予算内からマイナス計算をしていくような男だろう。
 家でパソコンは使わないのなら、ネット取引はやらない。それこそ会社でやれば、ばれてしまう。だから、新聞のチェックを欠かさない。毎日、会社で新聞は必ず読む。作業とかをしないデスクワークが主な上司の立場なら、それができるかもしれない。

 雑音の中から、関連ありそうなものを探っていく。様々な断片が、めまぐるしく見えてくる。一瞬、赤い色が見えた。塔夏はそれを見逃さなかった。赤い花だ。
 いや、その隣の少し斜めになった柵が気になっているようだ。もしかしたら柵が斜めになっているのが気になるのではなく、園芸用品店で慎重に選んだが、予算より高すぎたことが気になっているのかもしれない。

 彼はにやりとした。この脳をハッキングしようと、さらに深く潜った。
 花壇の柵、芝生の雑草取り、財布から選んで取り出す500円玉、女性の顔、おそらく歩美だ。それはどうでもよかった。会社の方だ。
 彼はまるで別のドアを開ける気分で、もっと違う方向へ意識を向けた。会社の机にある新聞をイメージしてみる。並んだ数字、たくさんの企業名、赤く線をひかれた数字、それは新聞の株欄だった。

 別の男が側にいる。ニュースで見た顔だった。情報漏洩事件で自殺した伊勢山譲だ。この男も株に興味があったようだ。
 あたりを意識する。オフィスは広いが、しきりがあって見えにくい。だが、新屋敷の机と、各しきりの配置から、新屋敷が上司であり、サブが伊勢山で、実質彼の部下が4人だろう。
 新屋敷と伊勢山は、互いに株の話をすることに抵抗がない。伊勢山はネットでの株取引に熱心で、新屋敷はそれを黙認している。おそらく、伊勢山から株に関するいい話をもらっている。

 すぐにさまざまな人が見えてくる。Tシャツ姿の若い男が猫背になって、無気力に画面をチェックしながら、ペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいる。繰り返し飲み、ペットボトルの水が一向に減らない。それは新屋敷が意識している証しだ。
 スーツを着込んだ女性が、コネクターを通して画面処理をてきぱきとこなしていく。椅子が消えると、組まれた足はヒールを脱いでいる。 キャミソールの上に着たカーディガンが肩からずり落ちそうな、茶髪の若い女性が、キーボードで操作している。上からのアングルで胸元が見えそうだ。
 チェックのシャツの男が、テーブルに足を上げて首をまわし続けている。
 どうやら部下の様子が、やたら気になるようだ。しかも、その目線は非難的だ。人のあら探しをしている。ここにもこの男の引き算が表れていた。だが、仕事の中身がまったく出て来ない。いかに彼の中で関心が低いかがわかる。

 伊勢山のパソコン画面が現れた。まわりは消え失せ、画面の数字が浮かび上がる。英語が並ぶ、外国の株取引サイトだ。翻訳ソフトで変換している。さらに、側にある辞書がぱらぱらめくれている。もしかしたら、このことと芝西啓次の英語を教えることが、関連してはいないだろうか。
 さらにそこに意識をもっていく。伊勢山は英語でつまずいていた。芝西啓次が英語を教えているという話が感じとれた。その情報を言ったのは、スーツを着た部下のひとりの女性だ。
 だが、伊勢山はその女が嫌いなのか、無視した。新屋敷はその話を聞いていたにすぎないようだ。その女が気になった。塔夏は新屋敷を通じて、さらにその女に対する意識を探ろうとした。
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