第38話

文字数 1,439文字

 初めてコネクターをつけた17歳のとき、父親の記憶にたどりついたその最初のときから1年あまり、塔夏はその特殊な能力を、かなり使いこなせるようになっていた。

それでもかなり集中し、その“感覚”を維持するための労力が必要だった。様々なノイズが聞こえ、バラバラにいろいろな映像が見える。その中で、事件につながりそうなものが見えれば、そこにターゲットを絞っていく。

 最初は父親の記憶をみただけで、他のものにはそうはいかなかった。なぜだろうと試行錯誤するうちに、つないだから見えるというものではないことに気付いた。なにより必要なのは情報をもとにした観察力、想像力、推察力だった。
 ハッカーに必要なのは、侵入コードやパスワード、コンピュータ、ネットワークシステムというものの知識があればあるほど有利というテクニックによるものが大きいが、塔夏にとっては、まず人というものを知らなければうまく機能しないものだった。

 あるときなど、ターゲットが78歳の高齢者だった。当時はまだ、コネクターは一般的ではなく、寝たきりだから脳から直接コンピュータに指令を送るためにとか、必要性のために高齢者や障害者がつけている割合が高かった。
 塔夏は高齢者の行動や思考パターンを知らず、自分に置き換えて勝手に考えて、うまくいかなかったことがあった。自分のイメージの方が強すぎて、バイアスがかかってしまう。
 そうなると見えて来るビジョンは、意味のないただの見えたものにすぎない。17歳の彼は、まだ人を知るには未熟だった。

 そういう必要性を知った彼は、ハッキングの最新情報やテクニックに磨きをかけることよりも、人間観察に明け暮れ、自分の考えや好み、生活パターンをできるだけ忘れるように努めた。
 そうしているとおもしろいことに、目の前を通り過ぎる人でさえ、ちょっとしたことでその人らしさが見えてくるのだ。塔夏はそれまでの自分が、いかに勝手な思い込みをする主観的見方をしていたかを知った。
 だが、かといって人を観察し、その人の気持ちに感情移入し、同調するのではない。感情をできるだけ排除して、そのパターンを分析するのだ。ものごとには何でも原因と結果があるように、人にも行動には意味がある。人は曖昧だが、曖昧な中に明快な意味がある。本人が気付いていないだけなのだ。


 捕らわれた塔夏は車から下ろされると、さらに階段を上がる。ドアが開く音、中に押し込められると、埃かカビ臭い匂いがした。ずっと使われていなかった部屋は、そんな匂いがする。
 椅子に座らされると、椅子に縛り付けられた。目隠しを取られる。連れて来た男たちは2人だった。サングラスにマスクをし、顔を隠している。

 窓も何もない部屋だった。コンクリートが打ちっぱなしで、広さは6畳ほどか。彼の前にある汚れた事務机に、ノートパソコンが1台置かれている。

「ここは、どこだ?」
 彼らは何も言わない。
「“シフト”はこれを知っているのか?」
やはり彼らは何も言わず、片方の男がパソコンを開ける。

「“タブ”か」
塔夏がそう言うと、もう1人が彼を見た。

「そうなんだな」
「悪いな。あんたが勝てるか、見てるよ」
1人がそう言うと、彼らはそのまま出て行った。

「おい!」
塔夏は腕をほどこうとするが、椅子ごとがたがたした。

 そのとき、目の前のノートパソコンが電源が入れられていたのか、ネットとつながり、どこかのサイトが開いた。薄暗いが、どこかの家の中だろうか。

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