第2話 7人の白骨遺体 第1章
文字数 2,821文字
「信子さん、きのう全く別の人の映像を見ました。今度はよく分からないんですが、1人じゃなくてものすごく人数が多いようなんです。信子さん、助けてください」
大手新聞S支局の新米女性記者小田信子 に
女性変死事案でお世話になった少年、児玉 心 から
電話があった。
心は亡くなった人が死の間際などに見た映像と同じ映像を見ることが出来るという不思議な17歳の少年だ。
信子は自分が昨日取材した白骨遺体のことだと直感した。
昨日、白骨遺体が見つかったのは、S県の県庁所在地S市の山中で、
7人の白骨遺体が同時に見つかった。
昨日の午前中、信子は取材した絵画展の原稿をS県警本部のなかにある記者室で書いていた。
この記者室には記者クラブに加盟する新聞社、通信社、放送局がそれぞれデスクを持っており県警本部取材の拠点となっている。
日曜日は、県警本部も当直体制となっており、24時間体制の通信指令室などを除けばほとんどの部屋に人影はないが、記者室には、記者やカメラマンなどの出入りがある。
信子の他に記者室にいたのは3人で、このうち2人は昨夜飲み過ぎたのかソファーで熟睡中。あとは放送局の記者1人が原稿を書いていた。
「ウーウーウー」
けたたましいサイレンを鳴らして警察車両が3台立て続けに出動した。
3台同時とは尋常ではないので、放送局の記者が通信指令室に電話をかけた。
「今出たのは何ですか? はい、はい、白骨遺体ですね。・・・はい、場所は? はい、そこの駐車場からですね・・・はい、はい、えっ何人ですか?・・・えっ7人」
放送局の記者は電話を切ると、記者室にいた他社の記者にも分かるように電話で聞いた内容を告げた。
「おい、寝てる場合じゃないぞ。市内のC町の自動車専用道路近くの山中で7人の白骨遺体が見つかった。E駐車場に行けばまだ警察が鑑識作業をしているので間に合うぞ」
放送局の記者はそう言うと自社のデスクにある直通電話をつかみ本社に連絡した。
信子もすかさず通信指令室に自ら電話して直接確認し直通電話で支局に連絡した。S支局の日曜日の体制は記者1人、デスク1人で、普段はベテラン記者が交代で日曜祝日のデスクを務めるが、きょうはみんな用事があると休んでおり、臨時で支局長の山元大機 がデスクだった。
「山元さん、C町の山中で白骨遺体が7体見つかりました。行きましょうか」
すると山元は
「ノブちゃん慌てないで。7人って多いけど本当に人間の骨かな? 人間の骨だと騒いで豚や牛の骨だったというのはよくある話だし。もう少し様子を見てもいいんじゃないか」
「山元さん、他の社はどこも行くみたいですよ」
「そうか・・・でも、もう少し様子を見ようか。それから絵画展の原稿、書いているかい? それも早めに送っといて」
「分かりました。でも、本当にいいんですか。みんな行っちゃいましたよ」
信子はこれ以上言ってもダメだと思い、後ろ髪を引かれるような思いを残しながら、絵画展の原稿を急いだ。
結局、信子が県警本部の記者室出たのは、他の社より30分遅れとなった。
タクシーを呼ぶと、すぐにD交通タクシーが来た。乗り込むと
「小田さん、ありがとうございます。現場ですか」
運転手は顔なじみの高田慎一郎 だった。
高田はD交通タクシーで25年以上勤務するベテランのタクシー運転手だが、事件取材に同行するのが大好きで、県警本部に出入りする各社の記者の間でもよく知られた運転手だ。多少の無理は聞いてくれて、これは大きな声では言えないが急いでいれば多少のスピードは出してくれるし、張り込みなどではタクシーのメーターを切ってくれることもある「頼りになる」タクシー運転手だ。
「C町のE駐車場ですね。うちのタクシーも何台かでていますよ」
いつもそうだが高田は嬉しそうだ。
E 駐車場に着いたら、先に出発した新聞社や放送局の取材班は現場の撮影を終えて駐車場に帰ってくるところだった。
「すみません。現場はどこですか」信子が聞くと
地元紙の記者は
「すぐそこだよ。そこの斜面を下って100メートルか150メートル行ったところだよ。7人並べて掘った跡があるんで分かると思うよ」と教えてくれた。
テレビ局の記者は
「俺たちはちょっと遅れて行ったから、『おーい、どこですか』と声を掛けながら行ったら現場の警察官が『こちらだ』と教えてくれたので、すぐ分かったけどね」
すると警察官のグループも上がってきた。
信子が「現場に誰か残っていますか」と聞くと
「全部終わったから、もう誰もいないと思うよ。今から行くの?気を付けてね」
信子は出遅れたことを後悔した。やはり支局長を説得して早く出るべきだったと自分の判断の甘さを悔やんだ。
そして誰もいない山林を見て。ゾッとした。
じつは信子は「極度の方向音痴」なのである。
街中を歩いていて、角を2回曲がると、目的地がどの方向にあるか分からなくなるのだ。
取材現場に行くときにも、よく道を間違うので、他の記者より遅れることがよくあった。
記者としては致命的とも言えるが、昔からそうなのでどうしようもない。
さて、どうするか。
もし、一人でこの山林に入ると、かなりの確率で帰り道が分からなくなる恐れがある。
そうしたら
「小田信子記者行方不明」「白骨遺体で発見」となりかねない。
信子が逡巡していると、それを察知したのか
タクシー運転手の高田が
「私も行きましょうか」と言ってくれた。
頼りになる!高田さん!
「高田さん、すみませんが私と一緒にお願いします」
「はい、分かりました」
駐車場から西側の山林の斜面を真っすぐに下りていくと、途中に斜面を掘った跡があった。ここが現場かと思ったが、どうやら天然の山芋を掘った跡のようだ。改めて周囲を見回すと、同じような掘った跡がいくつもあった。
「これままずい」と思いながら、聞いた通り真っすぐに120~130メートル行ったところに、大小7つの掘った跡がみつかった。
「ちょうど7つあるし、大きさも人間が埋められていたぐらいなのでで、たぶんここだと思います。でも似たような場所がほかにもあるかもしれないなんで、高田さん、すみませんが北側を20~30メートルの範囲で似たような穴があるか調べてください。私は南側を調べます」
幸い、周囲には他に似たような場所はなかったので、一眼レフカメラで撮影した後で確認用にインスタントカメラでも撮影した。
さて帰ろうとして、信子は斜面をどちらに行けばいいか分からなかったが、やはり運転手の高田は「頼りになる」。
「はい、駐車場はこちらですね」「ここは右に曲がって」
高田の言うとおりに進んだら無事に駐車場に帰ることができて、信子は「白骨遺体」にならずに済んだ。
そして次の日の月曜日
心から、女性変死事案とは別の新たな映像を見たという電話があったのである。
電話の声は暗く思いつめたようだった。
心はその映像を見たとき、また死者の目になったのだろうか。
(つづく)
大手新聞S支局の新米女性記者
女性変死事案でお世話になった少年、
電話があった。
心は亡くなった人が死の間際などに見た映像と同じ映像を見ることが出来るという不思議な17歳の少年だ。
信子は自分が昨日取材した白骨遺体のことだと直感した。
昨日、白骨遺体が見つかったのは、S県の県庁所在地S市の山中で、
7人の白骨遺体が同時に見つかった。
昨日の午前中、信子は取材した絵画展の原稿をS県警本部のなかにある記者室で書いていた。
この記者室には記者クラブに加盟する新聞社、通信社、放送局がそれぞれデスクを持っており県警本部取材の拠点となっている。
日曜日は、県警本部も当直体制となっており、24時間体制の通信指令室などを除けばほとんどの部屋に人影はないが、記者室には、記者やカメラマンなどの出入りがある。
信子の他に記者室にいたのは3人で、このうち2人は昨夜飲み過ぎたのかソファーで熟睡中。あとは放送局の記者1人が原稿を書いていた。
「ウーウーウー」
けたたましいサイレンを鳴らして警察車両が3台立て続けに出動した。
3台同時とは尋常ではないので、放送局の記者が通信指令室に電話をかけた。
「今出たのは何ですか? はい、はい、白骨遺体ですね。・・・はい、場所は? はい、そこの駐車場からですね・・・はい、はい、えっ何人ですか?・・・えっ7人」
放送局の記者は電話を切ると、記者室にいた他社の記者にも分かるように電話で聞いた内容を告げた。
「おい、寝てる場合じゃないぞ。市内のC町の自動車専用道路近くの山中で7人の白骨遺体が見つかった。E駐車場に行けばまだ警察が鑑識作業をしているので間に合うぞ」
放送局の記者はそう言うと自社のデスクにある直通電話をつかみ本社に連絡した。
信子もすかさず通信指令室に自ら電話して直接確認し直通電話で支局に連絡した。S支局の日曜日の体制は記者1人、デスク1人で、普段はベテラン記者が交代で日曜祝日のデスクを務めるが、きょうはみんな用事があると休んでおり、臨時で支局長の
「山元さん、C町の山中で白骨遺体が7体見つかりました。行きましょうか」
すると山元は
「ノブちゃん慌てないで。7人って多いけど本当に人間の骨かな? 人間の骨だと騒いで豚や牛の骨だったというのはよくある話だし。もう少し様子を見てもいいんじゃないか」
「山元さん、他の社はどこも行くみたいですよ」
「そうか・・・でも、もう少し様子を見ようか。それから絵画展の原稿、書いているかい? それも早めに送っといて」
「分かりました。でも、本当にいいんですか。みんな行っちゃいましたよ」
信子はこれ以上言ってもダメだと思い、後ろ髪を引かれるような思いを残しながら、絵画展の原稿を急いだ。
結局、信子が県警本部の記者室出たのは、他の社より30分遅れとなった。
タクシーを呼ぶと、すぐにD交通タクシーが来た。乗り込むと
「小田さん、ありがとうございます。現場ですか」
運転手は顔なじみの
高田はD交通タクシーで25年以上勤務するベテランのタクシー運転手だが、事件取材に同行するのが大好きで、県警本部に出入りする各社の記者の間でもよく知られた運転手だ。多少の無理は聞いてくれて、これは大きな声では言えないが急いでいれば多少のスピードは出してくれるし、張り込みなどではタクシーのメーターを切ってくれることもある「頼りになる」タクシー運転手だ。
「C町のE駐車場ですね。うちのタクシーも何台かでていますよ」
いつもそうだが高田は嬉しそうだ。
E 駐車場に着いたら、先に出発した新聞社や放送局の取材班は現場の撮影を終えて駐車場に帰ってくるところだった。
「すみません。現場はどこですか」信子が聞くと
地元紙の記者は
「すぐそこだよ。そこの斜面を下って100メートルか150メートル行ったところだよ。7人並べて掘った跡があるんで分かると思うよ」と教えてくれた。
テレビ局の記者は
「俺たちはちょっと遅れて行ったから、『おーい、どこですか』と声を掛けながら行ったら現場の警察官が『こちらだ』と教えてくれたので、すぐ分かったけどね」
すると警察官のグループも上がってきた。
信子が「現場に誰か残っていますか」と聞くと
「全部終わったから、もう誰もいないと思うよ。今から行くの?気を付けてね」
信子は出遅れたことを後悔した。やはり支局長を説得して早く出るべきだったと自分の判断の甘さを悔やんだ。
そして誰もいない山林を見て。ゾッとした。
じつは信子は「極度の方向音痴」なのである。
街中を歩いていて、角を2回曲がると、目的地がどの方向にあるか分からなくなるのだ。
取材現場に行くときにも、よく道を間違うので、他の記者より遅れることがよくあった。
記者としては致命的とも言えるが、昔からそうなのでどうしようもない。
さて、どうするか。
もし、一人でこの山林に入ると、かなりの確率で帰り道が分からなくなる恐れがある。
そうしたら
「小田信子記者行方不明」「白骨遺体で発見」となりかねない。
信子が逡巡していると、それを察知したのか
タクシー運転手の高田が
「私も行きましょうか」と言ってくれた。
頼りになる!高田さん!
「高田さん、すみませんが私と一緒にお願いします」
「はい、分かりました」
駐車場から西側の山林の斜面を真っすぐに下りていくと、途中に斜面を掘った跡があった。ここが現場かと思ったが、どうやら天然の山芋を掘った跡のようだ。改めて周囲を見回すと、同じような掘った跡がいくつもあった。
「これままずい」と思いながら、聞いた通り真っすぐに120~130メートル行ったところに、大小7つの掘った跡がみつかった。
「ちょうど7つあるし、大きさも人間が埋められていたぐらいなのでで、たぶんここだと思います。でも似たような場所がほかにもあるかもしれないなんで、高田さん、すみませんが北側を20~30メートルの範囲で似たような穴があるか調べてください。私は南側を調べます」
幸い、周囲には他に似たような場所はなかったので、一眼レフカメラで撮影した後で確認用にインスタントカメラでも撮影した。
さて帰ろうとして、信子は斜面をどちらに行けばいいか分からなかったが、やはり運転手の高田は「頼りになる」。
「はい、駐車場はこちらですね」「ここは右に曲がって」
高田の言うとおりに進んだら無事に駐車場に帰ることができて、信子は「白骨遺体」にならずに済んだ。
そして次の日の月曜日
心から、女性変死事案とは別の新たな映像を見たという電話があったのである。
電話の声は暗く思いつめたようだった。
心はその映像を見たとき、また死者の目になったのだろうか。
(つづく)