第3話 まるで戦場のよう 第1章

文字数 1,921文字

その日、深夜の街は戦場のようだった。

平和な日本に突如出現した戦場のような光景。
大手新聞社のS県の支局に勤務して2年目に入った
女性記者、小田信子(おだのぶこ)は今でも、その日見た街の惨状が忘れられない。

「リーン・・・リーン・・・リーン」

深夜午前2時過ぎ、けたたましく鳴る電話のベルの音で信子はたたき起こされた。
支局長の山元大樹(やまもとだいき)からだった。

「ノブちゃん!起きて!取材だ!」
「は、はい分かりました。何ですか?」
信子は半分寝ながら答えた。 
「S市の市街地で交通事故があったみたいなんだ」
「えーっ、交通事故ですかー」

自動車が増え、それに伴って交通事故による死傷者が増大したことから
当時、日本では「交通戦争」と呼んで事故防止の対策がいろいろ取られた。
その成果もあって交通事故も減少してきて、新聞での扱いも次第に小さくなってきていた。
このため「交通事故の取材」と聞いて信子は山元支局長がいつものように大げさに言っているだけだと思った。

「場所はどこですか」
「それが何か所もあるんだそうだ。全部S市なんだけど、K町の大型スーパー前、A町の神社前とか。とにかくタクシーで現場を回って取材して。もし、大きな事故だったら応援がいるだろうから、すぐに連絡して」

タクシーはすぐに来た。顔なじみのÐ交通タクシーの高田慎一郎(たかだしんいちろう)運転手だった。

信子がタクシー乗り込むと、高田運選手が待ちきれずに話し始めた。
「小田さん!こんなこと私、初めてです。街が大変なことになっていますよ」
「まあ、高田さん、落ち着いて。何があったの?」

高田運転手の話を聞きながら車が大通りを曲がったとき、そこに広がった光景を見て、信子は目を疑った。

大通りの角にある電力会社のビルに乗用車1台が突っ込んでいた。それだけなら普通の交通事故の現場だが、その50メートル先にひっく返ったタクシーが1台じ、さらにその近くに後部座席がつぶれた乗用車が1台、さらにその150メートルぐらい先にもタクシーが1台横から強い力でつぶされた状態で商店に突っ込んでいた。

それぞれの現場には住民が大勢集まって事故について興奮しながら話していた。
「大きな音がして目が覚めて家の前を見たら、車が何台もつぶれていて・・・」
「何かでかい車がタクシーや乗用車を追いかけてぶつかっていったらしいよ」
「警察官が現場は市内20か所ぐらいあると話していた・・・」

信子は公衆電話から山元支局長に応援の要請を行うとともに、それぞれの現場を写真に収め、住民やドライバーらの話を聞いて回った。

A町の住宅地の路地の現場。ここでは停車していた乗用車が衝突されて炎上していた。すでに火は消えていたが、死者がいるということで、立ち入り禁止の表示が出されていた。

信子は20メートルぐらい離れたところから、焼け焦げて真っ黒になった乗用車を撮影した。当時は通常の新聞用には白黒のモノクロフィルムを使っていた。信子が撮った写真には撮影の時には気付かなかったが、焼死した2人の遺体の頭部がフラッシュを受けて白く浮かび上がっていた。

そこから1キロほど離れたS町の大通りではタクシーの運転手1人と歩行者1人が死亡していた。

タクシーは執拗に狙われて10回以上ぶつけられたらしく、原形をとどめないほどめちゃくちゃに壊されており、運転席で運転手の男性が絶命していた、

また、歩行者は横断歩道の近くでひかれたようだ。タクシーの乗客かどうかは分からない。遺体の近くには行けなかったが、30メートルほど離れたところから見ると遺体の様子が異様だった。
近くにいた住民が叫んだ。
「あっ、上半身が・・・」
道路上に横たわった遺体は上半身部分が完全に押しつぶされていて、下半身部分しか見えなかった。どうやら上半身を何度も繰り返してひかれ悲惨な状況になっているようだ。

死者4人、けが人23人、壊された自動車18台、建物の被害13か所。

容疑者は逃走中でS市は恐怖に包まれ、市民はパニックとなった。

信子が支局に帰り原稿をまとめていると、児玉心(こだましん)さんから電話がかかってきた。心さんは、死者が見た最後の映像などを見ることができるとして、これまで取材に協力してくれている18歳の青年だ。

「信子さん、たくさんの人が亡くなったようですね」
「そう、それで今バタバタしているとこ。心さんのアンテナでも感じたんだね」
「そうなんです。とても大きなダンプカーのような車に追いかけられて、本当に怖い光景を僕も見てしまいました。何か役に立つ情報があったら、また連絡しますね」
「心さん、ありがとう。そのときは助けてね」

すぐに連絡してきて協力を申し出てくれる心に、力づけられる信子だった。

                               (つづく)
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