第4話 パラダイス島のヤクザ 最終章

文字数 1,753文字

Y島のモニターツアーの日程は3日間である。

初日の夕方から2日目の午前中までは、ヤクザの山口の関係でまったく取材が出来なかったので、信子は残りの取材を急がないといけない。
二日酔いのため運転できないので、信子が借りていたレンタカーを岬に運転してもらって、取材を続けることにした。

幸いその後、取材の方は順調に進んだ。Y島を訪れた観光客が何を求めて島を訪れているか、満足度はどうか、足りないものは…といった話や、受け入れるY島の観光関係や一般の島民の話などを聞くことが出来た。

3日目の昼過ぎには必要な取材が終ったので、3人は帰りの船が出港する夕方まで、ビーチなどを楽しんだ。

「岬さんの故郷のY島って素晴らしいところですね。海はきれいで空気は美味しいし、住んでいる人は素朴で親切…この島に移住する若い人が増えているというのも分かります」

信子がそう言うと、岬が
「そうですね。私が島にいたころと比べると大きく変わりつつありますね。以前は名前すら知られていなかったような小さな島が、日本経済の大成長とともに脚光を浴びる…良かったのか悪かったのか…」

「そうですね、良いことだけじゃないでしょうね」
「この島を『パラダイス』にするもしないも人間次第でしょうから、頑張るしかないでしょうね」

2日目の昼に別れて以来、山口は姿を見せていない。
山口が信子に好意を寄せているのは見え見えだが、信子はどう考えているのか、今一つわかりにくいと思った岬は思い切って信子に聞いてみた。

「ねえ、信子さん、山口さんのこと、どう思っているの」
「お、お母さん!信子さんになんてこと聞くんだ」
心は突然の岬の質問にうろたえた。

「山口さんですか? そうですね、本当はいい人だと思います。ヤクザですけど。お話を聞いてみると、幸せな子ども時代を過ごせなかった、可哀そうな人でもありますよね。その点では同情すべきだと思います」

心はムスッとして2人の話を聞いていた。

「でもヤクザを10年以上やっているなら、悪いこともいろいろしているはずです。それをすべて不問にして山口さんのことを見るわけにはいきません。第一、私の父は警察官ですから絶対にみとめてくれませんし、新聞記者だから私もヤクザを認めるわけにはいきません」

「じゃあ、ヤクザを辞めたら?」
岬は重ねて聞いた。

「まずは、カタギになれてってよかったねと言って、みんなでお祝いします。ほかはその時、考えますけど……」

Y島の港では出港まであと30分となった。
船と岸壁の間に数十本の紙テープが渡され、紙テープを持った者同士が別れを惜しんでいた。

岸壁に山口の姿は見えなかった。

信子としては、山口との一件で、一時はどうなるかと思われた取材が無事に終わり島を離れることが出来たという安堵の気持ちはあるものの、山口が最後の見送りにも来なかったという寂しい気持ちも少し感じていた。

岬が信子の後ろから声をかけた。
「信子さん、もし、護くんの姿を捜しているんだったら来ないと思います。じつは、昨夜私が独断で電話していたの。あなたのお父さんのことや新聞記者としての立場を考えたとき、今後の護くんの行動次第で信子さんを苦しめることになると言ったら、彼も分かってくれました」

「あなたに相談せずに電話してごめんなさい」岬はそう言って謝ったが、信子は
「岬さんの判断が正しかったと思います…そこまで気にかけていただいてありがとうございました」と言った。

出港が近づき、港には「蛍の光」が流れて別れの気分を盛り上げている。

船が岸壁を離れ始めるとみんなの声が一段と大きくなり、「さようなら」とか「また来てね」などと叫んでいる。

特に声をかける人もいないので船室に戻ろうとしたとき、信子の目に彼の姿が映った。

山口はコンテナの陰から見送っていた。

信子は他の船客からもらった紙テープ持っていたことを思い出し、力いっぱい投げた。ギリギリのところで紙テープをつかむことが出来、山口は大きく手を振っていた。声は聞こえなかったが「ありがとう」と叫んでいるようだった。

「山口さん、自分がヤクザだということを完全に忘れているんじゃない?」

信子はそう呟いて微笑み、いつまでも遠ざかる港の方を見続けていた。

              (第4話おわり)           



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