第1話 あなたに逢いたくて 第6章

文字数 2,408文字

2日目の取材は由希恵が交際していたM市のM銀行のA氏だ。
現在のところ由希恵の死亡の原因を知るうえで一番重要な人物である。
A氏の名前を警察は発表していないが、ベテラン記者の浜田が独自取材で調べてくれた。
A氏の名前は黒田一輝(くろだかずき)という。

1日目の夜、信子は直接、黒田に電話して取材を申し込んだ。
黒田は
「あなたのところの新聞じゃないかもしれませんが、まるで私が彼女を振ったのが原因で彼女が死んだみたいに書かれていて、本当に迷惑しているんです。すべて警察に話してありますので警察から聞いてください。」
 直接話を聞かせてほしいと頼んだが
「もうこのことについては話したくないんです。銀行に来られても会いませんからね」
 そう言って黒田は電話を切った。
 翌朝、どうしようかと考えたが、やはり黒田に直接会って、もう一度お願いするしかないということになった。

 M市の中心部にあるM銀行は午前中から大勢の顧客で一杯だった。取材の意向を伝えたところ総務部に通された。銀行の1階フロアは顧客応対窓口のテーブルで顧客スペースと銀行業務のスペースが区切られている。窓口の脇の通路から内部に入り総務部に向かう途中、信子に同行している心が
「あっ!」と小さな声をあげ立ち止まった。心は小声で
「あの人です。私が見たのは」と信子に伝えた。
 案内の行員に心が指さした女性行員の名前を聞いたところ「緒方さんです」と答えた。
 亡くなった由希恵の幼馴染の緒方ひかりだった。

 総務部の担当者は迷惑そうな顔で私たちを迎えた。
 総務部には事前に黒田への取材を申し込んでいたが、答えは昨夜の電話と同じで取材は受けられないということだった。
「警察発表によりますと生前の吉岡さんに最後にあった人の一人だと思いますので、どうしてもお話をお聞きしたいんです。黒田さんに再考していただくようもう一回頼んでもらえませんか」
「何度言われても黒田さんの気持ちは変わらないということでした」
 黒田への取材は難しそうなので信子は新たな依頼を担当者に伝えた。
「分かりました。ところでこの銀行には吉岡さんの幼馴染の緒方ひかりさんという女性がいらっしゃると思います。吉岡さんとの思い出などをお聞きしたいのですが、10分間ほどお時間取れませんでしょうか。緒方さんにお願いしてください」
 この新たな申し出には本人の許可も得られたので
 会議室を借りて話を聞くことになった。

 総務課の担当者と「カメラ助手」の心には外に出てもらって話しやすい環境を作った後、信子はかまをかけてズバリ質問した。
「緒方さん、あなたは吉岡さんと幼馴染だとお聞きしましたが、それ以上に親密な関係だったんでしょう」
「えっ何のことですか?」
 この質問に緒方は大いに動揺した。そしてしばらく沈黙したあと
「誰から聞いたんですか? 」
「誰からとは言えません」
 緒方は再び沈黙したあと、諦めたのか話し始めた。
「このことは誰にも話していなかったつもりでしたが・・・。幼いころから由希恵さんとはずっと一緒でした。高校時代の由紀恵さんは頭もよくてスポーツも得意、そして何より背も高くてかっこよくて美人でしたので、校内の男子生徒だけでなく女子生徒からも慕われていました。もちろん私も彼女に憧れていましたが彼女を取り巻く輪の中には入れませんでした。
 彼女がS県の大学を受けることを知って私も同じ大学を受験し2人とも合格しました。大学に入ってからは幼馴染ということもあって急速に関係が深まりアパートを借りて同棲が始まりました。
 周りの人からは怪しまれることもなく快適な大学生活でした。
 そして彼女が大阪のM銀行を受けると聞いて、私も同じ銀行を受けて、これも運よく2人とも同じ銀行に就職できました。彼女との親密な関係は大阪でも続いていたですが、1年ほどして彼女が
 『別れよう』と言ってきました。
 突然のことに私はびっくりして『なぜ?』と問いただすと、彼女は『ある男性と結婚するかもしれない』と答えました。『私のこと嫌いになったの?_』と言うと『ひかりちゃんのことは今でも大好きだよ。でも今のような関係を続けていくことに自信が無いの』『私は一人っ子だから両親は私がいつか男性と結婚して孫の顔を見せてくれるのを楽しみにしているの。』
 『だから別れようというの?』私が言うと、
 『そうじゃないの、いまでもひかりちゃんのことを愛している。それは信じて。今付き合っている男性よりも、もっともっと愛している。でもこのままじゃやっぱりダメだと思うの。許して』
 そう言って泣きじゃくる彼女を見て、私も別れることに同意しました。」
「そうだったんですか、それでその後吉岡さんとの関係は?」私が訪ねると
「私も彼女も黒田さんも同じ銀行に勤めているんですから、表向きは以前と変わらない態度をとっていました。ところがそれから半年ぐらいした時、彼女は黒田さんとうまくいかなくなりM銀行を辞めて故郷のK県に帰ってしまったんです。」
「その後、吉岡さんと連絡は取っていたんですか?」
「いえ、まったく連絡はしていませんでしたが、私が黒田さんと結婚することを誰からか聞いたんでしょう。突然彼女から電話がありました」
「えっ、黒田さんが結婚する相手というのは緒方さんなんですか」
信子はびっくりして聞き返した。
「ええそうです。彼女は黒田さんとの結婚が決まった後、レストランでの会食に私を招いてくれて、黒田さんに自分の一番の親友だと紹介してくれました。しかし、その後3カ月ほどで2人は別れ、彼女は故郷に帰ってしまいました。黒田さんも私も心にぽっかりと穴が開いたような状況となりました。それから1カ月ほどして黒田さんから私に電話があり、お互い愛する人と別れた空虚感を埋めるように関係が深まり結婚にまで発展しました」
 緒方は当時のことを思い出したのか唇をかみしめた。
                    (つづく)


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