第1話 あなたに逢いたくて 第8章

文字数 1,212文字

 結局、2日間の取材で変死事案について大きな進展がみられるような情報は得られなかった。吉岡と緒方との同性同士の関係については新たな情報だがそのまま新聞紙面に出せるような内容でない。
 心をK県の自宅に送り届け、S県の支局に帰ったのは深夜の0時を過ぎていた。
 翌日、支局に行くと浜田と支局長の山元が待ち構えていた。私が成果が得られなかったと報告すると、2人は口をそろえて
「いやあ、何よりも大きなトラブルもなく無事に帰ってきてよかった。」
「取材というのは相手にとっていい話だと簡単だけど、今回のようないやな話だと難しいだろう。それを学んだだけでも意味があったと思うよ」
 慰められると余計に落ち込む信子だった。

 女性変死事案について、その後大きな進展も無いようで、警察の発表も止まったままだった。
 出張取材から1週間ほど経ち、心からも連絡がないなと思っていたら電話が鳴った。
 心本人からで、女性変死事案に関係すると思われる新たな映像を見たという内容だった。
 そして心から提案があった。
「新たな映像はすごいんです。顔ははっきりしないんですが吉岡さんの背中を誰かが押しているような映像なんです。以前お話ししたように、その映像が見られるのは決まって午前2時ぐらいなんで、考えたんですがその時間に現場にいたら、ひょっとしたら写っている人物の顔も分かるかもしれないと思うんです。」
 突拍子もない提案だったが、支局長は
「こりゃあ面白い実験だね。よしやってみよう」と言って、簡単にゴーサインが出た。
「何かあったら俺が責任を取るから頑張ろう」
 どうやら「自分が責任を取る」というのは支局長の口ぐせのようだ。

 深夜取材は5人態勢で行うことになった。
 児玉岬(こだまみさき)(しん)の親子、
 浜田と信子。そして遊び気分でついてきた支局長の山元の合わせて5人だ。

 念のため午前2時より幾分早い1時20分に遺体発見現場に着いた。山道だから当然街灯などはなく真っ暗。360度見渡しても人家の光なども全く見えない。2時までのおよそ30分間、我々以外に山道を通った車は1台も無かった。寂しいこの場所に、この時間に車で来るとは普通ではないと思った。

 午前2時に向けて全員の緊張が高まっていく。
 万が一を考えて心の腰にロープを取り付け命綱にした。そして心さんの周りを4人で取り囲んで不測の事態に備えた。

 午前2時になったが異常はない。
 1分経つのが、とてつもなく長く感じる。
 2分、3分、4分・・・何も起こらない。
 そして間もなく5分というところで
 心が突然「わーっ」と大声を出して崖のほうに歩きだした。
 4人で止めようとしたが強い力で引っ張られていく。
 あと2~3歩でガードレールというところで、ようやく心は止まった。
 命綱が役に立ったようだ。

 心を車に運び、落ち着くのを待った。
 心は2分ほどで回復し私に告げた
「ノブさん。顔が見えました!」
                (つづく)
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