第5話 同級生を助けて! 第3章

文字数 1,743文字

10年ぶりに同級生に会って、懐しい気持ちで一杯だった信子に対して、美知子の方は一刻も早く逃げ出したかったのだろう。そのことに気づいてやれなかった自分の未熟さを信子は深く恥じた。

このまま会わないほうがいいのか、それとも会って10年間の思いを伝えたほうがいいのか、仕事では即断即決の信子だが、迷っていた。

こんなときに相談できる同性の友人が必要だが、最近そういう女性が信子の前に現れた。
県警刑事部長の島崎正の長女、島崎泰代(しまざきやすよ)である。

警察関係の幹部などに対する、いわゆる「夜討ち朝駆け」は社会部記者の基本と言えるものだ。記者会見など公の場では明らかにできない情報を得るため、幹部の自宅などを訪問し、質問を投げかける。

信子は県警幹部との懇親会がきっかけで島崎刑事部長と親しくなり、自宅に「夜討ち朝駆け」するようになった。

島崎刑事部長は警察幹部にしては珍しくフレンドリーな性格で、通常「夜討ち朝駆け」の場合、玄関先かその前後の場合が多いが、気に入った記者は自宅内に呼び入れることもあった。信子も父親が警察官だと言うこともあってか、かなり気に入られたのだろう。最初から自宅に招かれた。

そして、信子が更に驚いたのは、刑事部長本人に輪をかけて、家族もフレンドリーだったことだ。

島崎の家族は、専業主婦の妻と子どもが娘3人で、その長女が泰代だった。

応接室に通された信子にお茶を持ってきた泰代は、信子をみるなり
「まあ、お父さんが言っていた女性記者って、この方? 今晩は。はじめまして、長女の泰代と言います」
「今晩は。〇〇新聞の小田です。夜遅くに押しかけて申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。ゆっくりしていましたから・・・。失礼ですが、お年はいくつ?」
「23歳です」
「じゃあ同級生ね。記者って大変でしょう。頑張っているんですね。凄いなー」

「おいおい、この方はお父さんのお客さんだよ。・・・でも2人は気が合いそうだな。そうだ小田さん、娘も一緒でいいですか?」

泰代は、大学を卒業して地元の公認会計士事務所に勤めている。性格は物事を論理的に考えるのが得意で、やや猪突猛進型の信子とは対照的だが、かえってお互いにウマが合うと感じた。

この日を境に、信子と泰代は仕事を抜きにして、友人として時々食事をしたり、お茶をしたりする仲となった。


信子は、小学校時代の同級生、志村 美知子のことについても相談した。

泰代は目を閉じてしばらく考えた後、信子に言った。。
「もしこのまま何もしなければ美知子さんとはこれっきりで、多分二度と会わないでしょうね。それがお互いにとって一番楽な方法だよね。

でも、信子さんはそれで終わりたくないんでしょう。どうして?」

「警察関係の人事異動も通常は1か月前に内示があるのは泰代さんも知っているでしょう。でも、私が小学校を卒業した年に父の異動があったんだけど、3月の末ギリギリで決まったの。だから、家族もバタバタで引越しすることになって・・・

新しい赴任地に向かう車に中で、その日、私はみっちゃんと会う約束をしていたことを思い出したの・・・・でもどうしようもない・・・結局、引越し先に着いた後すぐに手紙を出して約束を破ったことを謝ったんだけど・・・」

「それでどうなったの?」

「みっちゃんから返事はこなかった・・・だから、もう1回、みっちゃんと会って、あの日のことを謝りたいの」

それを聞いて泰代は言った。
「それなら答えは出たようなものね。このままでは一生悔いが残るでしょう。例えどのような結果になっても、自分の気持ちを伝える努力をすべきだと私は思うけど・・・」

それをきいて信子の気持ちは固まった。

「明日、会いに行ってくる!」


その日の夜、死者の死の瞬間の様子を感じ取ることができるという不思議な能力を持つ、児玉心から電話があった。

「信子さん、報告があります。車の免許を取りました」

最初の女性変死事案の時には、高校を休でいて、引きこもり気味だった4歳年下の少年も、信子と一緒の取材を重ねる中で、積極的な青年に成長していた。

「信子さん、明日は休みでしょう。ドライブに行きません?」

「いいね、ちょっとロングドライブだけど、私行きたい所があるんだ」

「渡りに船」とはこのことである。

                 (つづく)





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