第5話 同級生を助けて! 第7章

文字数 1,681文字

腰縄(こしなわ)」とは、事件の容疑者などを警察署内で移動させるときなどに、逃走を防止するために容疑者に装着するもので、手錠から延ばされた2本の縄を腰に掛けて、その縄の端を警察官が持って移動する。
その姿はいかにも「罪人」と言った印象を与えるとして、人権上の配慮から現在はニュースの映像などではボカシが入れられている。

信子はこれまで何回も容疑者の腰縄姿を見ていたが、特別な感情を抱いたことはなかった。しかし、美知子の姿を見たとき、それは、とても家族や友人に見せられない「惨めな」姿で、信子は愕然として立ちすくんでいた。

すると、誰かが小声で信子を呼んでいるのに気づいた。
ハッと我に返ると、刑事課の山岸昭三(やまぎししょうぞう)課長が手招きをしている。

課長席に行くと
「小田さんがそんなところに突っ立っているから、刑事課のみんなが注目しているよ」
山岸課長はそう言って、いたずらっぽくニヤリと笑った。

「知り合い?」
山岸課長は小声で聞いた。山岸課長の顔からは、すでにいたずらっぽさは消え、捜査員の厳しい顔に変わった。美知子と知り合いと分かると今後の取材がやりにくくなると思ったが、嘘をつくのも嫌なので、正直に答えた。
「そうです。小学校の同級生です」
「最近も会ってるの?」
まるで取り調べの口調と同じだ。

「4月の県警本部との歓迎会の二次会でキャバレーに連れて行ってもらったときに、10年ぶりに偶然出会ったんです。島崎刑事部長もご一緒だったので、何なら部長に確認されてもいいですよ」

刑事部長の名前を信子が出したので、信子に対する山岸課長の「取り調べ」は終わった。

山岸課長は
「発表できるかどうか分からないが」と前置きして、美知子の事案について、ある程度教えてくれた。

課長が告げた美知子の容疑は、なんと「覚せい剤使用」だった。予想もしていなかった容疑に信子は思わず「本当ですか?」と聞き直した。

発覚のきっかけは先日、キャバレーで発生したホステス殺害事件。
逮捕され取り調べを受けた男の様子がおかしいことから調べたところ、覚せい剤の反応が出て、殺人事件とともに覚せい剤についても捜査が行われた。そして、男の供述から美知子も一緒に使ったことがわかったものだ。

これまでの殺人事件の警察発表で、美知子の名前は伏せられており、事件に美知子が絡んでいるというのは初めて聞く話だった。

課長の説明を聞いて、どうしても納得がいかない信子は課長に言った。
「彼女については昔から知っていますが、簡単に覚せい剤に手を出すような人じゃないんですが・・・」
課長もうなずいて
「確かに取り調べには素直に応じていて性格はよさそうだね。可哀そうだったのは、薬物事件ではよくあるパターンなんだけど、男は『栄養剤だ』と嘘をついて、女性の方は拒否したんだけど、半ば強引に使ったたようだね」
「ひどい!」
信子は男に強い怒りを覚えた。

「覚せい剤は1回使っただけで強い常習性がでるクスリだから、ずるずると何回か使ったそうだ」
最後に課長はこう付け加えた。

「君は親しい友達のようだから、言っておくけど・・・彼女はもともと持病がったのに加えて、
覚せい剤を使った影響で体はガタガタのようだから、大事にしてあげてね」


その日の夜、信子は美知子の母親にも電話をかけてみた。逮捕されたことは連絡があって知っていたが、詳しいことは分からず心配していた。
信子は
「使ってはいいけない薬物を使った疑いで逮捕されたもので、他人に危害を加えたのではないので、そんなに重い罪にはならないと思う」とだけ伝えた。

結局。美知子は送検されたが、地方検察庁では起訴猶予とした。理由は明らかにされなかったが、初犯であることと、美知子の体の具合が良くないことが理由と見られた。

美知子は治療のため病院に入院し。当面の間、面会謝絶となった。
信子はすぐにでも会いに行きたかったが、どうしようもなかった.


街はクリスマスが終り、新年を迎えるばかりとなっていた。

午前4時、信子の自宅の電話がけたたましく鳴り響いた。
「こんな時間に来る電話って・・・」
信子は不安な気持ちで受話器を取った。

          (つづく)
     
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