第6話 廃校に幽霊が出た 第6章
文字数 1,366文字
49話「谷口さんちのばあさんと上田さんちのじいさんが分校跡で逢引していた」
口止めの甲斐も無く、噂はあっという間に集落に広まった。
信子らは、まず教室にいた男女のうち、男性の方だと思われる上田伸助に話を聞いた。
上田は谷口ミエと、分校跡で会っていたことをあっさり認めた。
「ええ、谷口さんは深夜に出歩く癖があるんで、危ないので一緒に歩いて分校跡などに行っていたんです。周りからは下心があるとみられているようですが、そんなことは全くありません」
上田によると、谷口ミエはM町のM小学校の同級生で同い年の73歳。
谷口は地域内の別の男性と結婚して3児を授かり、当時の国策に従って、中国の旧満州に開拓団として渡った。戦争が終わり帰国しようとしていたところ、夫が殺害されてしまった。子供3人は何とか守って帰国したが、実家に戻るわけにもいかず、M町の柿之木の開拓地に入って、女手一つで一生懸命働いて子供を育てた。
一方、上田は町外の女性と結婚し、当時日本統治下にあった台湾に渡って郵政関係の仕事についていた。終戦後は子供2人を含む家族4人全員で帰国することが出来たが、仕事が無かったため故郷の柿之木の開拓地に入植した。
幼馴染が偶然同じ開拓地に入植したことになる。
「柿之木の開拓地で再会した時には本当にびっくりしました。そして、嬉しかった。だって、私にとって谷口さんは初恋の人なんですから・・・」
上田は当時を思い出しながら、嬉しそうに信子らに話した。
上田は5年前に妻に先立たれている。
一方の谷口はアルツハイマー型の認知症にかかり、特に最近は徘徊するようになり、家族も困っていた。それを聞いた上田も谷口のことを心配し、何とか手助けできないかと案じていたそうだ。
「ある日の深夜、家から出てきた谷口さんの後をこっそりつけて行ったところ、分校跡の校舎に入って行ったいったんです。どうやら自分の世界で小学生時代に戻って授業を受けたり、見えない友達と遊んだりしているような感じでした。そこで私も谷口さんを驚かせないように慎重に近づき、仲間に加えてもらったんです」
それ以来、2人は毎日深夜に分校跡に行って授業などをたのしんでいた。
住民が見た灯りはその時に安全のために持ってきたトーチの灯りで、裏の出入り口の合鍵は谷口が持っていたそうだ。
「谷口さんは初恋の相手でもあり、今でも特別な感情があります・・・でも、それぞれ築いてきた家族のことなどいろいろあるし、なにより相手が認知症であるのにつけ込んで、自分勝手な行動は出来ません。これからも『幼馴染で初恋の人』という思い出を大切にしていきたいと考えています」
上田のこの言葉を聞いて2泊3日の今回の取材は終了し、信子らは帰途についた。
「幽霊」には出会えなかったが、山村の過疎地の現状は色々聞くことができ、有益な取材だったと信子は思った。
帰りの車の中で、浜田は上田が初恋の相手のために色々と尽くしている姿に触発されたのか、
「自分も娘の話を詳しく聞いて、もしチャンスがあったら、元妻ともう1回じっくり話し合ってみんながより幸せになれるような未来を考えてみたい」と話した。
その翌日、 午後3時頃…
心からS支局に電話が入った。
「柿之木分校跡の地区だと思うんですが、誰か亡くなっていませんか? 死者の声を強く感じるんです!」
(つづく)
口止めの甲斐も無く、噂はあっという間に集落に広まった。
信子らは、まず教室にいた男女のうち、男性の方だと思われる上田伸助に話を聞いた。
上田は谷口ミエと、分校跡で会っていたことをあっさり認めた。
「ええ、谷口さんは深夜に出歩く癖があるんで、危ないので一緒に歩いて分校跡などに行っていたんです。周りからは下心があるとみられているようですが、そんなことは全くありません」
上田によると、谷口ミエはM町のM小学校の同級生で同い年の73歳。
谷口は地域内の別の男性と結婚して3児を授かり、当時の国策に従って、中国の旧満州に開拓団として渡った。戦争が終わり帰国しようとしていたところ、夫が殺害されてしまった。子供3人は何とか守って帰国したが、実家に戻るわけにもいかず、M町の柿之木の開拓地に入って、女手一つで一生懸命働いて子供を育てた。
一方、上田は町外の女性と結婚し、当時日本統治下にあった台湾に渡って郵政関係の仕事についていた。終戦後は子供2人を含む家族4人全員で帰国することが出来たが、仕事が無かったため故郷の柿之木の開拓地に入植した。
幼馴染が偶然同じ開拓地に入植したことになる。
「柿之木の開拓地で再会した時には本当にびっくりしました。そして、嬉しかった。だって、私にとって谷口さんは初恋の人なんですから・・・」
上田は当時を思い出しながら、嬉しそうに信子らに話した。
上田は5年前に妻に先立たれている。
一方の谷口はアルツハイマー型の認知症にかかり、特に最近は徘徊するようになり、家族も困っていた。それを聞いた上田も谷口のことを心配し、何とか手助けできないかと案じていたそうだ。
「ある日の深夜、家から出てきた谷口さんの後をこっそりつけて行ったところ、分校跡の校舎に入って行ったいったんです。どうやら自分の世界で小学生時代に戻って授業を受けたり、見えない友達と遊んだりしているような感じでした。そこで私も谷口さんを驚かせないように慎重に近づき、仲間に加えてもらったんです」
それ以来、2人は毎日深夜に分校跡に行って授業などをたのしんでいた。
住民が見た灯りはその時に安全のために持ってきたトーチの灯りで、裏の出入り口の合鍵は谷口が持っていたそうだ。
「谷口さんは初恋の相手でもあり、今でも特別な感情があります・・・でも、それぞれ築いてきた家族のことなどいろいろあるし、なにより相手が認知症であるのにつけ込んで、自分勝手な行動は出来ません。これからも『幼馴染で初恋の人』という思い出を大切にしていきたいと考えています」
上田のこの言葉を聞いて2泊3日の今回の取材は終了し、信子らは帰途についた。
「幽霊」には出会えなかったが、山村の過疎地の現状は色々聞くことができ、有益な取材だったと信子は思った。
帰りの車の中で、浜田は上田が初恋の相手のために色々と尽くしている姿に触発されたのか、
「自分も娘の話を詳しく聞いて、もしチャンスがあったら、元妻ともう1回じっくり話し合ってみんながより幸せになれるような未来を考えてみたい」と話した。
その翌日、 午後3時頃…
心からS支局に電話が入った。
「柿之木分校跡の地区だと思うんですが、誰か亡くなっていませんか? 死者の声を強く感じるんです!」
(つづく)