第2話 7人の白骨遺体 第4章

文字数 1,974文字

「もう限界だね、心さん、もうやめよう!」
信子はそう言うと心に駆け寄り、力を込めて抱きしめた。

「ああ、信子さん、ちょっと待って!もう少し!もう少し!」

心はこの場所で命を落とした人たちのことを少しでも多く感じたいと、ふらふらになりながらも必死になって頑張っていた。
「心さん!もういいよ!もういい。このままじゃ、あなたがダメになる。心さん!心さん!」

 母親の岬も運転手の高田も駆け寄り、大声をあげながら心の体を揺すり、死の瞬間の映像に打ちのめされようとしている心を助けようと必死になっていた。

すると心はひときわ大きな声で
「わー!! ダメだ! やめて!わー」と叫んだあと、気を失った。

しばらくすると心は意識を取り戻した。
先ほどまで大変な状況だったのがうそのように普通の状態に戻っていて、みんなホッと胸をなでおろした。また先ほどのような大変な状態になるといけないので、この場所から早々に立ち去ることにした。

信子はすぐに心から話を聞きたかったが、写真の間違いの訂正をしなければならないので、
それを済ませてから心の自宅を訪れることにしてもらった。

支局に戻った信子は写真を間違った経緯や間違いに気づいた状況などについて支局長の山元に説明した。
「状況はよく分かった。個人的にはやむを得ない状況があったと思う。私が判断を迷って出発を遅らせてしまったことが間違いを引き起こした原因とも言えるので申し訳なかった。ごめんな、ノブちゃん。でも、間違いは訂正しなければならないから、あすの紙面で訂正を入れるよ。いいね」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
「でも、気づいていると思うけど、心さんが間違いを指摘して正しい場所を教えてくれたということは、心さんの特殊な能力を証明するとも言えるよね。心さんは本当に興味深い存在だ。これれからも君が中心になって取材を進めてください。ただ、あまりにも不思議な現象だから、どのようにして新聞で取り上げるか、取り上げられるか、なかなか難しい問題ではあるけどね」
「はい、頑張ります」
「でも、これだけは頭の中に入れておいてください。新聞では事実であると認められることしか出せません。うそや不確実なことは紙面に載せるわけにいきません。心さんのことは、常識で考えると事実ではありえないとなります。でも、現実にトリックとは思えないことが起きていて記者もそれを目撃しています。常識が正しいのか、記者の目が正しいのか、またはいずれも正しくないのかどうか、謙虚な姿勢を忘れることなく取材することが求められると思います。難しいけどね」
 
心と母親が引っ越したのは、S市の南部のF町にある母親の実家である。すでに母親の両親は故人となっており、一人娘の母親が実家を引き継いでいるので引っ越すのには好都合だった。

信子が心の家を訪れたのは夕方になった。
引っ越したばかりとあって、室内にはまだ運び込んだままの段ボールが積み上げられていた。信子は丁度夕食時間になったことを詫びたが、母親の岬は簡単な夕食を準備していたので、3人で食事をした後、心が映像について語り始めた。

あまりにも悲惨な光景だけに、心は途中で何度も詰まりながら、苦しそうに話した。

心が見たものは、主に大人の見た映像と思われるが、一部子どもの視点からと思われる映像もあった。
映像は多くが遺体が発見された山林でのものと見られるが、一部山林以外の自宅とみられる建物内の映像もあった。
先に殺害されたのか大人の女性1人と、5歳ぐらいと2~3歳ぐらいの女の子2人がすでに掘った穴の中に横たわっていた。
他に大人が男女1人ずつ2人、そして子どもが2人いた。
こちらの子どもたちも6歳ぐらいの女の子と3歳ぐらいの男の子で、子どもたちは、不安だったのか、寒かったのか泣いていた。
母親と思われる女性が子どもたちの近くに行ってあやしていたが、そのうち覚悟を決めたのだろうか、子どもの方に手を伸ばし、泣きながら手に力を込めた。

そこまで説明して心は絶句した。

すでに心の母親の岬は泣いていた。
信子も泣きながら
「心さん、それ以上言わなくてもいいよ。もう充分です」

しかし、心は話を続けた。

「でも、これだけは伝えなければならないんです。この気持ちを伝えてほしいというのが、亡くなった人たちの思い、とりわけ子どもたちの思いではないかと思うんです」
心はそう言って
「大人たちの目から見た悲惨な光景の最後に僕は見たんです。母親の顔が映ったんです。それは多分、子どもの見た光景だと思うんです」

心はそこまで言って唇を噛みしめたあと、声を絞り出すように言った。

「泣いていた母親の顔が・・・・鬼の顔に変わったんです。優しかった母親の顔が鬼に変わったんです。そして、泣いていた子どもの声が聞こえなくなりました」

                   (つづく)
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