第7話 海から来た悪魔 第2章

文字数 1,571文字

「暴走ダンプ殺人事件」で焼死した2人のうち、男性は車の持ち主で近くに住む山下泰三51歳と分かった。

現在行われているDNA鑑定は当時はなく、状態の悪い遺体の身元の確認は難しい場合も多かったが、山下泰三の身元は焼け残っていた下半身の特徴から家族が本人と確認した。

一方、女性の身元確認は難航した。

家族以外の女性と一緒に死亡していたことから、当初、巷では不倫相手と一緒にいたところ不運にも被害にあったものという噂が流れた。

しかし、いくら調べても泰三の周辺にそのような女性は見つからず、行方不明者も該当するものはなかった。

そして、身元不明のまま1年が過ぎたのである。


信子と心は事件現場に行く前の午前中に、夫・山下泰三を亡くした山下律子を訪問した。

一番の目的は心のために泰三の顔を確認することである。

「本当に迷惑しているんです!何の証拠もないのに夫が不倫していたと思われているんですから!」

泰三の妻、律子は語気を強めた。

泰三は日本の重工業の大手である⚪︎△重工業の研究開発チームのリーダーを務める人物である。

律子によると、堅物を絵に描いたような人で、不倫などは考えられないそうだ。
家族を地元のS県に残して単身赴任していて、1年前は久しぶりに休暇を取って帰省していて、事件にまきこまれたということだった。

「1年前の事件のことを思い出させるようで、申し訳ないのですが…ご主人はどのような方だったのか、お聞きしてもいいですか?」

信子が慰めると、律子は
「主人はお国の関係の重要なプロジェクトを任されていたようですから・・・」

「国の?」

「あっ!これは国家機密に関わる話なので、聞かなかったことにしてくださいね。最初は主人が狙われたのかと思いましたけど・・・そうじゃなくて巻き添えだったということで・・・でも、一緒にいた女って誰だったんでしょう?」

「まだ身元はわかってないんですものね」

「はい、もし分かったら私にも教えてくださいね」

信子と心は、当初の目的である泰三の遺影をしっかり脳裏に焼き付けた。

帰り際、信子は律子に聞いた。

「それだけ奥様から信用されるご主人って、立派な方だったんですね」

すると、律子は
「だって、あの人が好きなのは女性じゃないんですよ・・・」
「えっ!?」
信子が聞き直すと、律子は
「あっ勘違いしないでね。夫が好きなのは『し・ご・と』『仕事』よ」
そう言って、イタズラっぽく微笑んだ。



午後からは事件現場に行き、心の能力を発揮しての調査となる。

今回はもう一人現場に来ることになっている。
アナウンサーの前屋敷みなみだ。

信子が喫茶店で泰代から依頼を受けた時、みなみも一緒に聞いていた。

「ねえ、ノブちゃん。私もその場に立ち会っていいかしら?心くんの凄い能力のことはノブちゃんから聞いているけど、一度見てみたいと思っていたの」
「そうね、いいと思うけど心くんに聞いてみるね」
そう言って信子が電話で心に確認したところ
心は当初
「いろんな人が見ている前では、うまくできないかも・・・」
と消極的だった。
それを聞いていた心の母親、岬の意見は明快だった。

「何言ってるの心。あなたの事を知ってもらうにはいろんな人に見てもらうのが一番でしょう。迷うことは何もないと思うけど」

その一言でみなみが参加することができた。

いつもながら、岬は頼もしい女性だ。あんな女性になりたいと信子は思った。


みなみは待合場所に指定した現場近くのバス停に先に着いて待っていた。

「今日はすみません。心くんとはパラダイス島以来だね。よろしく」
「お久しぶりです。みなみさんの前で行うのは初めてなので、ちょっと緊張しているけど、行きましょうか」
最後に信子が気合を入れて
「心くん、いつりでいいからね。さあスタート!」

中央に心、両脇に信子とみなみ。3人は300メートル先の事件現場に向かって歩きだした。

    (つづく)
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