第4話 パラダイス島のヤクザ 第4章

文字数 1,764文字

Y島の暴力団は太平洋戦争後、地元の戦争孤児や復員兵などが作った不良グループ・|愚連隊》が基になって出来たもので、当初はY島だけのグループだったが、すぐにS県の暴力団の傘下に入っている。

Y島は小さな島で人口も少ないため、山口らの暴力団事務所の構成員もわずか6人である。

事務所は、繁華街の中にある3階建てのビルの2階にあった。看板などは一切無いので、暴力団が入っているかどうか外からは分からない。
しかし、一歩中に入ると「任侠」の額などが飾られており、イメージ通りの暴力団事務所だ。

「山口さん、お疲れ様です!」

事務所の構成員全員が並んで出迎えた。

「おう、ご苦労。このお2人は俺の客人だからな。くれぐれも失礼のないようにな」
山口はそう言いながら2人にソファを勧めた。2人が座ると山口は向かい合って座ったが、突然大声で怒鳴った。

「おい!木下(きのした)!」
呼ばれた男は裏の部屋からすぐに出てきた。まだ、20歳前後の下っ端らしい若い男だ。
「木下! 頼んでた料理は?」
木下はおどおどしながら答えた。

「す、済みません…」
「済みませんって何だ?」
「寿司屋がもう終わってたんで…」
「それでどうしたんだ?お前」
「ほかの店を探しているんですが…」

そこまで聞いて、山口は
「なんだとお前!」と怒鳴ったと思ったら 

「バシッ!」
木下の顔面に右の拳を放ち、木下は倒れ込んだ。

鼻血を出して顔面が真っ赤になった木下に対し山口は言った。
「お前なあ、そんな時は最初の店に作らせるんだよ。そのくらいはさせないと、なめられたらおしまいなんだぜ」
みなみも信子も「人が殴られる」という暴力のリアルな現場を見るのは初めてだった。

先ほど、一瞬でもヤクザを信じようと思ったことを信子は後悔した。

ヤクザはそんな生易しい存在ではなかった。
「暴力団」の名の通り「暴力」が支配する世界だった。

みなみはさっきまでの遊び気分は吹っ飛び、ショックを受けたようだった。信子も初めて見た暴力シーンにショックは受けたが、これは市民を脅すときのヤクザの常とう手段であることを以前警察のマル暴担当の刑事から聞いていたので冷静に受け止めることが出来た。
市民に直接暴力をふるうと逮捕される恐れがあるが、身内の下っ端に適当な理由を付けて暴力をふるうところを見せることで、間接的に市民を脅すのである。

山口は
「済みませんね。。お見苦しいところを見せて…。料理は作らせますので、もう少し待ってください」と言って、酒を勧めてきた。

お酒は飲みすぎるぐらい飲んでいるので、断りたいところだが、とてもそう言えるような雰囲気ではない。みなみも信子も酔えない酒を必死に飲んだ。

山口が奥の部屋から細長い袋に入ったものを持ってきた。

2人の前で袋から日本刀を取り出した。
「これは私のコレクションです。女性には分からないかもしれませんが、どうです?美しいでしょう」
そう言って山口は鞘から日本刀を抜いて見せた。
キラリと光る刃先を見せられると、信子は美しさよりも、武器と言うものが持つ迫力、怖さを感じた。

「ちょっと持ってみませんか? 気をつけてください。重いですよ」そう言って、山口は信子に日本刀を渡した。

「本当! 重いですね」
これで一太刀すれば簡単に人を殺すことが出来ると思うと、信子はゾッとした。
しかし、これもヤクザの脅しのテクニックだと知っていたので、信子は平静でいられた。
「脅された」と訴えられても「あくまでもコレクションを見せただけ」と言い逃れできるという訳だ。

一方、みなみの方はここまで見らせれたことで極限に達したらしく、
突然立ち上がったかと思うと
「や、山口さん、私はこれで…じゃあ…」と言って
「帰ります…帰ります…」と言いながら入り口の方へスタスタと歩いて行った。

若手の構成員2人がみなみをを止めようとしたが、
山口は
「帰りたい方はいいですよ。どうぞ帰ってください」と言って、みなみの行動を止めなかった。

みなみはそのまま暴力団事務所から「脱出」した。

あとに残ったのは信子一人だけ……
周りにはヤクザが6人。

「もう!どうにでもなれ!」
信子は腹を決めた。

すると、山口が信子のところに来て耳元で囁いた。

「みなみさんが帰って丁度良かった。信子さん…正直に言うとね、あなたともう少しお話がしたかったんだ」

そう言って、山口は微笑んだ。

       (つづく)
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