第1話 あなたに逢いたくて 終章

文字数 3,004文字

 心は2分ほどで回復し私に告げた
「ノブさん。顔が見えました!」
「心さん、私が知っている人?」
「はい、あのK県の銀行で由希恵さんのことを聞いた3人の女子行員がいましたね、その真ん中に座っていた人です。間違いありません。」
 取材メモを見ると真ん中に座っていた女子行員はK市の真島玲(ましまれい)
 心が新たに見た映像には、崖の淵に立っている真島が激しい口調で何か言っているところと、真島の手が由希恵の肩を押しているようなシーンが新たに出てきたという。

 信子らは由希恵が最後に勤めていたK銀行を再度訪ね、真島に面会した。
 前回会った時には特に気になるような感じはなかったが、この日の真島は我々の意図を察したのか、落ち着かない様子が見て取れた。
 銀行の会議室を借りて面会した。担当者と心には席を外してもらい、部屋の中には真島と浜田、気局長の山元それに小田の4人が残った。
 小田はズバリ核心について聞いた。
「真島さん、あなたは由紀恵さんが遺体でみつかった、あの崖に行きましたね。それも3週間近く前に由希恵さんと一緒に」
 真島は黙ってうつむいていた。
「あなたたちは崖の淵まで行って、由希恵さんだけが崖下に転落して亡くなった。」
 真島は嗚咽をあげはじめた。
「由希恵さんは足を滑らして転落したのですか。それともあなたが肩を押して転落させた」
「違います!」
 真島さんは涙で濡れた顔をあげた。しゃくりあげながら由希恵との最後の日々について語った。
「M銀行を辞めてK銀行に再就職してきた由希恵さんは女性から見ても素敵な方で、すぐに仲良くなりました。でも、どこか寂しそうなところがあって、そこにまた惹かれていきました。由希恵さんも私も異性より同性が好きで、すぐに親密な関係になりました。でも・・・」
「どうしたんですか?」信子が聞いた。
「でも・・・やはり由希恵さんは幼馴染の緒方さんが忘れられなかったんでしょうね。私がいくら一生懸命に彼女を愛しても、時々遠くを見るような眼をして、どこか寂しそうな気持でいることが私にも分かりました。それでも私は十分幸せでしたし、彼女も少しずつですが変化してきていると思ったんです」
真島はさらに続けた。
「でも、その緒方さんが結婚するという話を聞き、その相手が一時期、自分が結婚しようとしていた黒田さんだと知って、大きなショックを受けた様子でした。2人から裏切られたとの思いが強くなり、『なぜこんなに苦しまなければならないの』などと言うようになったので、私は『過去は忘れて未来を考えましょう』と言って慰めたんですけど、まるで人が変わったように落ち込んでいました」
「そして2人に会いにM市に行ったんですね」
「そうです。私は反対したんですけど・・・M市に行って2日後には彼女から電話がありました。『すでにK県に帰ってきているが自宅には帰っていない』と話しました。2人と会ったのかと聞くと、『場合によっては2人を刺して自分も死のうとまで思い詰めていたが、とてもそのようなことはできなかった」と話しました。でも彼女は今回のことで打ちひしがれて、しきりに『生きていてもしかたがない』というようなことを口にするようになっていました。私が『今どこにいるの、私が会いに行くから』というと、『Ⅿ市でレンタカーを借りて、死に場所を探して車を走らせている』と言うのです」
「どうしたんですか?」
信子は身を乗り出して聞いた。
「電話で『死にたい』と言い続ける彼女に私は同情の気持ちが増していき、今考えると不思議だが『一緒に死にましょう』という気持ちになってしまいました」
「そしてあの場所に行ったんですね」私が尋ねると
「あの場所は1か月前に2人で遊びに行った場所で、海岸線の眺めがとても良かったんで記憶に残っていたところなんです。今考えると、あの場所は大学時代に由希恵さんが緒方さんと一緒に行った場所だったんだろうと思います。彼女はそこで車はガス欠となり動かなくなったと話しました」

 車の中で話していると深夜になり2人で崖の方に歩いていきました」
「でもあの崖の上に立った時、急に怖くなって『由希恵さん、やっぱりやめましょう。死んではダメだ』と叫びました。でも・・・」
「どうなったんですか?」
「由紀恵さんは私の腕をつかんで『お願い一緒に死んで!お願い』と叫びながら私を崖の淵に引っ張って行こうとしました。私も必死で『由希恵!やめて!死にたくない‼』と抵抗しました。そのあとの記憶はないんですが、気が付いて崖の方を見ると由希恵さんが崖下に転落していました。」
 そう言って真島は泣き崩れた。

 私はその姿を見て真島への同情の気持ちが強くなった。振り返ると浜田が目で何かを伝えようとしている。私に最後の質問をするように促しているようだ。
「真島さん、あなたは由希恵さんが亡くなったことについて十分苦しんできたと思います。でも最後にこれだけは質問します。あなたは由希恵さんの体を押して転落させたんですか?」
「分かりません。でも今思い出すと強い力で私を引っ張っていた彼女の手がスッと離れ、鬼のような形相だった彼女が微かに微笑みを浮かべて落ちていったのが見えたような気がします。そうあってほしいという私の幻覚かもしれませんが・・・」
最後に真島はぽつりと言った。
「私はこれからも彼女の供養を続けて生きていきます」

 信子たちが付き添って、真島は警察に出頭した。
 警察は真島の存在を把握していなかったが、信子たちが、真島にたどり着いた経緯を説明しても一笑に付された。真島は改めて警察の取り調べを受けて送検されたが、地方検察庁は正当防衛が成り立つとして不起訴処分とした。

 それから1週間が過ぎ、その後、心に変化があったか気になったので電話した。
 心は「1週間前のあの日以来、由希恵さんの関係の映像をみることは無くなりました」と嬉しそうに話した。
「僕は思うんです」と心が続けた。
「あくまでも推測なんですが、由希恵さんは、あの死ぬ瞬間、自分の問題に真島さんを巻き込んだことを後悔したのではないでしょうか。そしてこのままでは真島さんは一生重荷を背負って生きなければならないことが由希恵さんの心残りとなり、その怨念のようなものが私に作用したんじゃないでしょうか。まあ、突拍子もない話なので誰も信じてはくれないでしょうけど、そうとでも思わないとあまりにも悲しすぎる話じゃないですか」

「心さん、君は強くて、優しいね」
「え・・・?」

「普通、君くらいの若い子なら人が亡くなる映像を見てしまったら怖くてパニックになるかもしれないよね。けど、君は冷静に物事を見て、亡くなった人の気持ちに寄り添うことができるんだ。それは誰にでも出来ることじゃないよ」
「・・・僕はそんなに強くありません。でも、信子さんが味方になってくれるから頑張れるんです。本当にありがとうございました」

信子は「(しん)をこれからも支えていこう」と心に誓った。

しばらくは心も落ち着いて暮らせると思っていたが
4~5日後に心から電話があった。

電話の声は暗く思いつめたようだった。

「信子さん、きのう全く別の人の映像を見たんです。今度はよく分からないんですが、1人じゃなくてものすごく人数が多いようなんです。信子さん、助けてください」
 
心はその時、また死者の目になったのだろうか。
              (第1話完)            
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