第7話 海から来た悪魔 第1章

文字数 2,390文字


全国紙○○新聞S県の支局の記者、小田信子と、死者の声を聞くことが出来るという不思議な能力がある青年、児玉心の2人は、ある事件の現場に立っていた。

この現場に信子は1年ほど前に一度来たことがある。S県S市のごくふつうの住宅地の一角である。

「すごい!強い怨念のようなものを感じます。信子さん!・・・でも・・・なんだこれは?」

心がたちすくんで頭を抱えた。
 
この事件とは、1年前の4月、S支局で記者として2年目に入った信子が直面した「暴走ダンプ殺人事件」だ。妻を殺害された男の復讐という形の殺人事件で、男が運転したダンプカーが通行人や車を襲い、4人が死亡した。

一審では被告の心神耗弱が認められずに実刑判決となり、被告が控訴している。
裁判は続いているが、報道機関にとっては一応終わった形となっている事件だ。

しかし、1年以上経った今でも、解決できない点が残されていた。



この話は3日前に遡る。


土曜日の午後、とある喫茶店で信子と島崎正刑事部長の長女、島崎泰代が久しぶりに会って楽しそうに話をしていた。

2人は泰代の父を介して知り合った。信子は取材のためたびたび島崎刑事部長の自宅を訪問したが、家族にも気に入られて、特に年齢の近い泰代とは自宅以外でもたびたび会うようになり親しい友人となっていった。

もちろん、それぞれの立場もあるので、これまで仕事関係の話題は互いに避けるようにしていた。

「今日はゲストを一人呼んでいるの。今、入ってきた彼女よ。こっちこっち!」

喫茶店に入ってきた女性は、すぐに信子達に気づいて近づいてきた。

「紹介するわ。でも…泰代さんも知っているかも、△△△テレビのアナウンサー、前屋敷みなみさんです」
「みなみです。よろしく」
「こちらは島崎泰代さん。お父さんはS県警の刑事部長さんよ」

どちらかというと地味目な服装の信子と泰代に比べ、高そうなブランド品を身にまとったみなみは地方局とはいえ、いかにも業界の人という感じだった。

「ノブちゃんは、パラダイス島の取材の時にヤクザさんに絡まれて大変だったところを助けてもらって以来のお友達なんです。泰代さんはお父さんが警察官なんですってね、素敵~!」

天真爛漫のみなみに泰代は目を白黒させていたが、すぐに友達になった。
タイプが違う3人、なかなかウマがあいそうだと信子は思った。

女性3人、楽しい話題は尽きず、あっという間に2時間が過ぎた。

そろそろお開き、という時間になった時、泰代が真面目な表情になり信子に向かって話し始めた。
「信子さん、実は今日、ひとつ重要なお話があってお誘いしたんです。今日は、みなみさんもいらっしゃるけれど・・・」

「あっ、私、席を外しましょうか?」
みなみが席を立とうとしたが、泰代は
「みなみさん、どうかそのまま座ってて・・・。みなみさんには直接関係ない話なので話すかどうか考えていたんだけど、せっかくお友達になったんだものね。いっしょに聞いてもらっていいかな.」

みなみは嬉しそうに微笑み、信子と一緒に泰代の話を聞くために座り直した。

「1年ぐらい前に、S市でダンプカーが暴走した事件があったでしょう?」
「うん、あの事件は4人が亡くなった大変な事件だった・・・」

信子は、この事件で取材者の自分も命を狙われたことを思い出していた。

「亡くなった4人のうち2人は現場の状況からみて、路上に停車していたところをダンプカーにぶつけられて車が炎上し、焼死したとみられているんだよね」
「そうそう、あの2人は事件の巻き添えになってかわいそうで・・・」

「でも、そうだったかどうかは、はっきりは分からないでしょう。だって、亡くなった2人のうち、男性の身元は分かったけど、女性の身元が1年たっても未だに分からないのよ。だから、あの2人の関係も分からないし、2人がなぜがそこにいたかも分からないままなのよ」

泰代の指摘に感心しながら信子は聞いていた。
「そうなの!?・・・犠牲者の女性は身元不明のままなの?・・・加害者の裁判のことに気を取られて、犠牲者の身元確認については私、ノーマークだったわ。でも、あの事件の事をそんな詳しく知ってるなんて、もしかして・・・」

泰代は少し考えてから答えた。
「そう、父から聞いたんです。父はあまり仕事の事は家で話さないんだけど、このことについては珍しく私に話しかけてきたの。私はなんで父がそんな話を私にするのか気になったんただけど…これは父が誰かに調べてほしいということじゃないかと思ったのよね。そして、調べる対象者は亡くなった人だから、調べるとしたら心さんしかいないと思ったの」
「ええ!?島崎刑事部長が、心君に?」
「うん。でも勘違いしないでね。父が私に頼んだんじゃなくて、あくまでも私がそう感じたというだけで・・・」

泰代がそう言うと、みなみが
「じゃあ、そんな回りくどいことしないで、直接心さんに頼めばいいじゃない」
と聞いてきた。

「誰だってそう思うよね。でも、警察の中で、死者の声を聞いたり死ぬ間際に見た映像を感じられるという心さんの能力を信じている人は一人もいないと言ってもいい位なのよ。父だって100パーセント信じているわけじゃないの。そんな中で、心さんの力を借りようという提案をしたら大変なことになるわ」

信子がすかさず言った。

「それでも知りたいということね・・・」
「そうだと思うの・・・心さんと仲の良い信子さんからお願い出来ないかな?」

信子は、とてもフレンドリーで情に厚い島崎刑事部長のキャラクターが大好きで、出来る限り協力しようと思った。

しかし、通常、関係者の一部が身元不明でも事件の処理は出来るはずである。
それを何としても知りたいというのは、何かまだ裏があると信子は思った。

それを知るためには自ら飛び込むしかない。

信子は今まで記者として働いてきた経験から、そう強く感じていた。

             
     (つづく)





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