第4話 パラダイス島のヤクザ 第5章

文字数 1,844文字

時計は午前1時を過ぎていた。

「山口さん、さっき『帰りたい人は帰っていい』って言いましたよね」
「はい、言いましたね」
「私も帰りたいんですが、帰っていいですか」
信子は山下にはっきり要求した。

山口は苦笑いしながら
「確かにそうですね。でも、もう少しだけあなたとお話ししたいんですが…こいつらがいると腹を割っては話せませんね、おい!お前たち今夜はもういいから、帰るなりなんなり自由にしていいぞ」
そう言って5人の構成員を帰らせた。

これで事務所には信子と山口の2人だけとなったが、信子にすれば状況は良くなったどころか、さらに悪化したともいえる。ますます帰れなくなった。そして危険はかえって高まったともいえる。

山口の話は身の上話から始まった。

「信子さん、こんな小さな島でなんでヤクザをしているんだろうと思っているんじゃないですか」
「そうは思っていなかったですけれど、何か深い事情があったのかな…と」
「実は僕の親父もヤクザだったんです、このY島でね、小さな組の組長をしていました。
戦争が終わって親父が復員したら故郷の家族はほとんど亡くなっていて…。いわゆる戦災孤児で生きるために悪いこともして…いつの間にか仲間も集まってきてヤクザになったと言ってました。
でも、そんな親父を見ていて、子どものころ僕はやくざになる気は全くなかったし、親父もどちらかというとヤクザは自分の代だけという考えだったんですが…」と言った後、ウイスキーをぐいと飲み、話を続けた。
「でも、学校では僕は『ヤクザの息子』という目で見られ、友達はほとんどできなかった。そして中学校に入った頃からグレ始め僕もヤクザの世界に出入りするようになったんです」

信子は、山口の話を聞きながら、なぜこのような話をするのだろうと考えていた。

「信子さん、さっき木下を殴ったり、わざと日本刀を見せたりしましたね。あれは、我々の怖さを見せつけて相手を脅すときに使う手で、たいがいの相手はあれでビビっちゃうんです。
今夜もお2人がどのような反応を示すか試してみたんです。信子さんは全然ひるまなかった。さすが大新聞の記者さんだなと思いました」

「でも、正直、怖かったですよ。もう2度とあんなの見たくないです」
信子がそう言うと、山口は素直に謝った。
「申し訳なかった…つい…ね。でも自己弁護する訳じゃないんだけど、相手を脅したり、どうやって脅そうかと考えるのがヤクザの習性でね。信子さんを試したのは悪かったと思っているけど…」

信子は余計なことは言わずに相手の話を聞くだけに徹しようと努めていたが、つい
「それって、嫌な奴ですね…あっごめんなさい。変なことを言って」と言った。
山口は信子の言葉に怒ることもなく話を続けた。

「確かに『嫌な奴』だろうね…まあヤクザが『良い奴』ってのも変だけどな」そう言って、「アハハハ」と大声で笑った。

「でもね、信子さん」
山口は急に真剣な表情になった。
「Y島は小さな島でしょう。言ってみれば島民のほとんどが親戚みたいな島なんです。だから、ヤクザが悪いことをするといっても、親戚相手にそんなに悪いことはできませんよね。だから、すべてとは言いませんが、ヤクザと島民は持ちつ持たれつという面もあるんです。それと、今後観光客が増えて島が潤ってくれば、中央のヤクザが島に入ってくる…。中央のヤクザは親戚じゃないからね。島がひどいことになるかもしれない。それを防がないと…」

信子は話を聞きながら
「盗人にも三分の理」ならぬ「ヤクザにも三分の理」で、身勝手な論理だなと思ったが、もちろん山口には怖くて言えなかった。

「まあ、真面目な話はこのくらいにしましょうか。信子さん、あなたはお若いのにとても胆の据わった女性だ。今夜、いろいろとお話をしてそう思いました。」

山口の声の感じが変わった。

「やばい」
信子は危険を感じた。

山口は話を続ける。
「今までいろんな女性と付き合いましたが、あなたみたいな女性は初めてだ。ヤクザは人から嫌われるんで、意外と孤独なんですよ。僕なんかここで一番年上なんで、他の連中に弱みを魅せるわけにはいかないし、腹を割って相談するのも難しいんで、ストレスはかなりあるんです。でも、あなたなら色々話せる…」

山口は言葉遣いはヤクザと思えないほど丁寧だが、その奥に有無を言わせない強さを信子は感じた。

「このままじゃダメ。何とかして状況を変えないと」と信子は思った、その時

「ドンドンドン!」

誰かが暴力団事務所の入り口を叩いた。

               (つづく)
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