第8話 亡霊の片腕 第3章

文字数 1,717文字

「みなみちゃん!お願いがあるんだけど・・・この土石流災害の現場は、みなみちゃんの地元だったよね?」

信子からの突然のお願いに、みなみは
「ええ、そうだけど・・・何かあった?」

「実はね、みなみちゃんも知っているように、心くんの持っている特殊な能力を使って、今回の災害で亡くなった住民の声を今朝いくつか聞いたの。それを残された家族にお伝えしたいんだけど・・・わたしたちが言ったって、とても信じてもらえないでしょう。だから、みなみちゃんに同席してもらえればと思ったの・・・どうかな?」

みなみは、真剣な表情になって答えた。

「そういう事なら、こちらからお願いしたいくらいだわ。是非参加させて」

みなみは信子と会社も違い、マスコミとしてはライバル関係にあるが、心の能力については理解してることもあって、お互いに「仲間」という気持ちが芽生えつつあり、今回も協力を頼まれた事が本当に嬉しかったようだ。

午後からは、国会の災害対策特別委員会の現地調査が行われた。

この取材については支局の別の記者に頼んであった。今朝は出発が早かったので、心には車の中で休んでもらい、信子は一人で現地調査の様子を眺めていた。

衆議院の調査団は5人で、地元S県選出の西田英三郎議員も含まれている。「政界の重鎮」ともいわれる与党の実力者である。

その栄議員の周りで、案内役として忙しく動き回っているのが地元の県議会議員で、アナウンサーの前屋敷みなみの父親の前屋敷誠一議員だ。前屋敷県議は西田衆議院議員の地元を守る「要」的な存在でもある。

現地調査は30分程度で滞りなく終了し、暫く調査団を取り巻いて雑談が続いていた。

信子はみなみの父親の前屋敷県議とは1回だけ会ったことがあったが、現地調査の邪魔にならないように少し離れた場所に立っていた。

すると、前屋敷県議が信子に気づいたのか、ニコニコしながら信子のところまで走って来た。

「〇〇新聞の小田さんでしたよね」

「はい、お久しぶりです」

「娘と仲良くしてくれてるそうでありがとう。娘も大変喜んでいるよ。あなたとゆっくりお話ししたいんだけど、今日は現地調査で時間がないので、また時間のある時に、ゆっくり話しましょうね。じゃあ、また」

そう言って、再び走って調査団に戻っていった。

みなみから聞いてはいたが、当選回数6回のベテラン議員にしは、偉そうな雰囲気はまったくなく、陽気でフレンドリーな隣のおじさんといった印象を信子は受けた。みなみは良いお父さんがいて幸せだなと心から思った。

この日の救助作業は、片腕だけがみつかっているナゾの犠牲者を探して一軒家周辺で集中的に行われたが何もみつからず、結局今後継続して見回りを強化することになった。

このため午前中まで忙しく動いていた重機なども午後3時頃までには全ていなくなった。災害現場には静寂が戻り、一帯は多くの人たちの生命が奪われた悲しみに包まれた。

被災地では、犠牲者の親戚や知人が訪れて手をあわせたり、遺品を探したりする光景が見られた。

心は謎の犠牲者がいたと見られる一軒家が建っていた場所の近くの安全な場所に立って、死者の声に耳を澄ませていた・・・が、しばらくすると、心は苦しそうな表情になり、額には油汗が滲んできた。

「おかしいな・・・確かに、ここで老夫婦の他にもう1人亡くなっている。そして、死者からの反応もここが特に強かった・・・昨日までは・・・。それが、今日はとても弱くなっている。何故だろう?」

心はそうつぶやいて頭を抱えた。

「心くん、もう少し時間はあるから、しばらくしてから再度、チャレンジしてみましょう 」

「そうですね。今回はこれまでと違うことが色々あるから・・・なんとしても解明したいですね」

2人は車の中で30分ほど休んだ後、再び一軒家があった場所に行った。

すると・・・先客がいた。

男性だ。

男性は顔を地面に押し付けて泣いている。

「もっと早く助けてやればよかった・・・俺が悪かった・・・こんな形でお前を失うことになるなんて・・・」

男性はそのままの姿勢で泣いていた。

信子が思わず声をかけた。

「どうかしました?」

その男性はびっくりして顔を上げた。

県議会議員の前屋敷誠一だった。

          (つづく)
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