第8話 亡霊の片腕 第7章

文字数 1,896文字

お盆も近づいてきた8月3日、
1人の漂流遺体が見つかった。

「山岡栄一郎さんに間違い無いと思う。遺体が見つかってよかった・・・」

海上保安部から〇〇新聞S支局にFAX で送られてきた発表文をみて、信子は、山岡栄一郎だと確信した。

発表文によると、見つかった場所はS県T市の沖およそ3キロの海上で、地元の漁業従事者が沖の養殖いけすに船で餌を運ぶ途中、人間の遺体のようなものが漂流しているのを発見。海上保安部に連絡した。

遺体は海底の土砂に埋もれていたのが浮かび上がったとみられ、傷みがひどく数カ所で骨が露出しているような状態だったが、大きな特徴として、右腕がなかった。

見つかった場所は6月に土石流災害が発生した場所の近くであり、海岸近くにあった家屋は、当時ほとんど海に押し流されていた。

遺体発見を聞いた前屋敷県議が、すぐに海上保安部に赴き、これまでの経緯を説明し、海上で見つかった遺体は亡くなった山岡夫婦の長男で元特攻隊員の山岡栄一郎であると証言した。

また前屋敷県議は、近所の住民に聞いた所、引きこもっていた栄一郎を災害前に目撃したした人もおり
「特攻で戦死した栄一郎の亡霊を見た」
と密かに噂していたということもあわせて伝えた。

海上保安部の発表文では身元を断定はしていないが、
「山岡栄一郎と思われる」
としていた。


これを受けて、特例で死亡届が出され葬儀が行われた。


葬儀には信子も心と一緒に出席した。
前屋敷県議と娘のみなみも来ていた。


「前屋敷さん、栄一郎さんの身元確認では色々と協力されたようで、お疲れ様でした」


信子が声をかけると、前屋敷県議は
「栄一郎くんのことを明るみに出していいか私も悩んだんだけどね・・・。見元について証言できるのは私だけしかいない。このまま闇から闇に葬っては、あまりにも悲しすぎるし、彼の名誉回復のためにも証言すべきだと考えたんだけどね・・・」
と力なく答えた。

すると、みなみが
「お父さん、絶対に間違っていないって。ねえ、ノブちゃん」

「私も、前屋敷さんの判断は間違っていないと思いますよ。心くんの能力を使った調査でも、最初こそ、栄一郎さんは沈黙に近い状態でしたが、すぐに強い反応を示すようになりました。このまま静かに消えてしまいたいとしていた栄一郎さんの心に変化があったんじゃないでしょうか?」

信子がそう言うと、心も

「これまでの経験でいいますと、亡くなった方の多くは生前、こだわっていた事柄が、自分が死んだことで心残りのようになってしまうようなんです。そして、誰かに伝えて、心穏やかになって旅立たれるのだと私は思っています。栄一郎さんも、このまま誰にも知られずに死ぬことが嫌だという気持ちに変わられたのではなかと思います」

「そうだと嬉しいね・・・」

前屋敷県議はいまだに自分の判断が正しかったのか悩んでいるようだった。



お盆直前の8月10日、懸案だった会合が開かれた。


この小浜地区の災害現場で心が聞いた他の犠牲者の声を家族や親戚の人に伝えようという会で、会場の確保や住民への参加呼び掛けなど前屋敷親子も協力してくれた。

会場のある公民館に信子と心が到着すると前屋敷親子が出迎えてくれたが、もう一人意外な人が出迎えた。

信子と同じ、⚪︎〇〇新聞S支局の新人記者、青木祐一郎である。

「青木くん、どうしたの? 君にはお手伝いお願いしていないけど・・・」

信子が言うと、青木は

「いえ、みなみさんから、今日あるって聞いたんで・・・『手伝いましょうか?』って言ったら『お願いします』って言われたんできたんです」

「あっ・・・そう・・・みなみちゃんとお友達だったっけ?」

「いえ、そうじゃないんです。僕、みなみさんの大ファンなんです!」

すると、みなみも

「祐一郎くん、面白いんだよ。話していて楽しい人よ」

そうだよねと信子は思った。

青木は頭が良くて、優しくて、良い男の子だけど、とても変わっている。

ひとつエピソードを紹介すると、交通事故をり取材に行ったが、現場は近くだったのに何時間たっても帰ってこない。浜田が心配して行ってみると、警察官の手伝いをして交通整理をしていた。「どうした?」と聞いたら、「取材は終わったんですが、事故処理に伴う交通整理の人手が足りないようだったので手伝っていました」と答えた。

交通整理の手伝いなんかする記者は見たことも聞いたことなかったが、青木はそれを平然とやってのける、そんな人物である。


信子はなんとなく、青木とみなみはお似合いのカップルだと思った。そんな2人の姿をみて、ちょっぴり羨ましく思った。

そして、そんな信子の姿をじっと見つめる心の眼差しに信子はまだ気づいていない。

    (続く)
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