第8話 亡霊の片腕 第5章

文字数 2,416文字

ナゾの犠牲者から送られてくるイメージの中で心が見たのは、亡くなった 父親の戦争中の若い姿だった。

「なぜここに父さんの映像が出て来るんだ?」

「えっ、お父さんが見えた?」
信子もびっくりして心に聞いた。

「そうなんです、基地にお父さんがいたんです」

「お父さんは特攻隊だったの?」

「それは・・・」

心の父親は、心が10歳のときに高層マンションから転落して死亡した。自殺とされている。年齢からして戦争に行っているかもしれないが、両親からそのことについて聞いたことはなかった。

「もしかして、ナゾの犠牲者と心くんの父さんとは知り合いだったとか・・・?」

それを確かめるため、その日の夜、心の母親の岬から話を聞いた。


岬は信子を見るなり


「ノブちゃん、お久しぶり。元気そうでよかった。もうすっかりベテラン記者の顔になったね」

「そんな事ないですよ・・・ベテランなんて・・心くんに助けてもらっていろんな取材をしてきましたが、いつまでも新人の時の気持ちを忘れないようにしたいと思っています」

「そんな真面目なところがノブちゃんらしいわね。ところで何か聞きたいことがあるということだけど」

心が聞いた。

「今まで、お父さんが生前、戦争中にどうしていたのか聞いたことがなかったんで知らなかったんだけど、お父さんは、飛行機の操縦士だったの?」

「お父さんは、明るくてよく話をしてくれる優しい人だったけど・・・戦争のことについて話すのは極端に嫌っていたのよね。だから、我が家では戦争の事が話題になる事が無かったので、あなたが知らなくても無理はないわね。確かに、お父さんは陸軍航空隊の戦闘機の操縦士だったよ」

「特攻隊でもあったの?」

「そう」

「特攻隊だと生きて帰れないんじゃない?」

「お父さんの順番が来て出撃する予定だったけど、2日前に戦争が終わって出撃する事がなくなったんで命が助かったと言っていたわ・・・」

「そうか・・・そんな経験があれば戦争の時の話はしたくないよね。僕には楽しい話ばかりしてくれたけど」

心は優しかった父親のことを思い出したが、すぐに気持ちを切り替え、信子が一番知りたいことについて岬に尋ねた。

「特に仲のよかった同期の話は聞いていない?」

「そうねえ・・・仲のよかった同期の人は1人だけ聞いたことがあるわ。その同期の人は、特攻に出撃したけれど機体の調子が悪くて途中で引き返したらしいの。
自分だけが特攻から生きて帰り、同時に出撃し戦死した仲間に申し訳ないとひどく落ち込んでいたので、お父さんも励ましたと言っていたわ」

心と信子は思わず顔を見合わせ
「今朝に見た映像と一緒だ!」と叫んだ。

何の事か分からない岬は

「え?一緒?」 
「あ、ごめん。今日取材中にみた映像と一緒だったから・・・」
「ああ、そういうことね」

「それで、その同期の人って・・・?」

岬は話を続けた。

「その同期の方は『自分を早く次の出撃に加えてくれ』と上層部に何度も頼んだんだけど、出撃の機会がないまま終戦になってね。戦争が終わっても自分を責め続けて、精神的に少し病んでしまったらしいの。戦後、お父さんはその同期の人と会おうとしたけれど、結局どこにいるか分からなかったと話していたわ」

「その人の名前を聞いている?」

「えーっと、確か『なんとか岡』・・・そうそう『山岡さん』だったわ。同じS県の出身だった」

「山岡、やっぱり・・・!」

あのナゾの犠牲者は亡くなった山岡夫婦の一人息子である可能性が高くなった。


一方、前屋敷県議との
面会も翌日実現し、みなみと一緒に、信子と心も前屋敷家を訪問した。


応接間に通された信子と心の前に前屋敷県議は、幾分緊張した表情で現れた。
みなみも同席した。

「お父さん、いろいろあるんだろうけど、話せる部分はできるだけ話してね」

前屋敷県議は、まず昨日、信子たちの質問に何も答えずに立ち去ったことを侘びた。
「昨日は自分も少し取り乱していたので、お二人には失礼なことをしました。すみませんね。娘からも叱られました」

続いて心が特殊な能力を使って調べた内容や岬の話などを説明した。

そして信子が

「検討した結果、片腕だけが見つかっているナゾの犠牲者は、地元では特攻で戦死したと思われていた山岡さんご夫婦の一人息子の山岡栄一郎さんではないかという結論になりました。どうでしょう、前屋敷さん」

前屋敷県議は、
「みんなの知りたいという気持ちはよく分かりました。私も話していいものか、どうか迷っていたんだが、本人の要望では他の誰にも自分のことを言わないでほしいということだったんで・・・。でもそこまで分かっているなら認めざるを得ないな」
と言って話し始めた。

「亡くなったのは確かに山岡栄一郎くんだよ。栄一郎くんは私の母方の従兄弟で、近くに住んでいたので、小さい時から可愛がっていたんだ。
特攻できなかったことで心に大きな傷を受け、故郷に帰っても自宅の隠れ部屋に閉じこもり自分を責め続けていたんだ。両親や私以外の誰にも知られずに30年以上もそんな生活を続けた本人のつらさは想像を絶するものがあっただろうし、ご両親の大変さを思うと何も言えない・・・」

そう言って前屋敷県議の目から大粒の涙がいくつもこぼれ落ちた。

「私はご両親から相談を受けて何度か彼と話したが、彼の背負っている重荷を取ってあげることはできなかった。もっともっと力を入れて本人と話をし、もっともっと早く助けてやらなければならなかった・・・でも・・・「特攻」から生還した命が「災害」によって一瞬で奪われてしまった・・・今は後悔の気持ちで一杯です」

戦う者に「死ぬこと」を求める「特攻」。それがいかに悲惨なことなのか・・・強く感じた信子たちだった。

話し終わった前屋敷県議は、今度は心の方をむいて微笑み
「児玉心くん。君のお父さん、伸二さんのこともよく覚えているよ」

「えっ!父のことをご存知なんですか」

前屋敷県議の口から、突然、父親の名前が出てきて、心は驚いた。

    (続く)
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