第9話 国士の秘密 第1章

文字数 1,959文字

その男は突然やって来た。


「こんにちは、記者の小田さん、小田信子さんはいらっしゃいますか?」


信子は取材に出ており、⚪︎⚪︎新聞S支局の事務所には山元支局長と新人の青木がいたが、2人とも訪問者の姿を見て「やばい!」と感じた。

「ただいま帰りました」

程なくして信子が取材から帰ると、青木が小走りで信子に駆け寄り、緊張した表情で

「信子さん、お客さんです。先ほどから信子さんを待っていらっしゃいます」と伝えた。

待っていたのは、「パラダイス島」ことY島のヤクザ、山口護だった。


「あれっ、山口さん!お久しぶりです。お元気ですか」

と、そこまで言ったところで信子は山口の左手に気づいた。冬でもないのに手袋をしていた。

「どうやら大変だったようですね・・・『お仕事』のほうは今?」

山口は信子の目をまっすぐに見て答えた。

「『あちら』の方はおかげさまで辞めることができましたが、その代わり指が1本無くなっちゃいましたけどね・・・」

そう言って山口は左手を示し、バツの悪そうな表情をした。

「そうでしたか・・・山口さん、頑張りましたね」

山口は笑みを浮かべながら
「でも、こうなっては島にはいられないので、ここS市に出てきてラーメン屋かうどん屋でもやろうかと思っているんです」

ここまで聞いて、ヤクザの殴り込みかと緊張していた支局長と青木もホッと胸を撫で下ろした。

「でも信子さん、今日来たのはそれを伝えに来たんじゃなくて、あるものをあなたに受け取ってもらおうと思って来たんです。でも・・・ここじゃちょっと・・・」

「あ、それなら・・・」

ちょうど昼時だったので、信子は山口を誘って2人で食事に出た。

2人と入れ替わるようにして心が支局に来た。

「えっ! 信子さんお昼には支局に帰るって言ってたのに・・・お客さんと食事に出た?・・・誰と?・・・パラダイス島の山口!?・・・どうして山口が信子さんに?・・・それはヤクザですよ、信子さんが危ない!・・・えっ、ヤクザを辞めた?・・・それはもっと危ない!・・・信子さん!」



信子は支局の近くのウナギ料理店に山口を案内した。この店は個室もあり打ち合わせなどにも使うお馴染みの店である。

山口が持って来たのはカセット式の録音テープ2本と手紙2通。

山口によると、これは中央の暴力団「SS組」の組長が有力者から、「人を一人消して欲しい」という裏の汚い仕事を請け負った際、いざという時の保険として、依頼を受ける際の会話をこっそり録音したものだそうだ。

2通の手紙のうち1通は「S S組」組長がかいたもので依頼された仕事の内容と殺害の実施についての説明だった。

そして、もう1通は山口の父、山口修二が書いたもので、この録音テープが修二のところにたどり着いた経緯が記されていたそうだ。

説明の途中で信子が山口に聞いた。

「ねえ山口さん、とても凄い犯罪の証拠だと思うけど、どうしてそれを私に?何か関係があるの?」

「信子さん、このS S組の組長の手紙を見て下さい。関係者の実名が書かれているんです」

それにはこのように書かれていた。

「昭和43年8月9日
△△党の西田英三郎衆議院議員から久しぶりに連絡があった。
裏の仕事についてであった。
議員秘書の児玉伸二を処分せよとの依頼。
同年8月15日
児玉伸二を高所から転落させ殺害。

この文書は依頼側の裏切りを防止するため作成し、依頼側にも文書の存在を通知している。

昭和43年8月16日
SS組 組長
   ⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎」

「や、山口さん!これは・・・」

「そうなんです。心くんのお父さんのことなんです。これを見てびっくりしました」

「私もです・・・でもどうしてこれが山口さんのお父様のところへ・・・」

「S S組の組長も、心くんのお父さんも同じY島の出身なんです。そして、私の父もY島でヤクザをしていた。ですから S S組の組長は同郷のヤクザなら信用できるとして、私の父に証拠を預けたんじゃないかと思いますね・・・私の想像ですけど・・・でもSS組の組長はその直後の暴力団一斉取り締まりで逮捕されて獄中で急死したんです」

「で、山口さんのお父さんのもとに証拠が残された・・・」

「そうなんです。父が預かった物を確認してみたところ、内容はなんと自分の幼馴染みの夫の話で、あまりに問題が大き過ぎて、どう取り扱ったらいいか考えているうちに・・・父の病気もすすんでしまい、死期を悟った父が私に証拠の処理を託したんです」

「そうだったんですか・・・」

「私は信子さんから心くんの話を聞いていたので、父が亡くなったあと『これを放っておくわけにはいかない』と思い、信子さんに渡すのが一番いいと考えたんです。」

「・・・山口さん、貴重な証拠をありがとう。大事に使わせてもらうわ。お店開店したら教えて」

その信子の言葉に、山口は笑顔を返した。

    (つづく)


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