第8話 亡霊の片腕 最終章
文字数 2,194文字
「土石流災害犠牲者の声 報告会」には、亡くなった7世帯12人のうち、連絡が取れなかったり出席を断った4世帯を除く3世帯5人の犠牲者の家族が参加した。
家族への参加呼びかけは前屋敷親子が中心になって行った。
「それぞれの家族への連絡や呼びかけなど大変な作業をお願いしてごめんね」
信子が言うと、みなみは
「正直、大変だったけど、地元でなければ分からないことも多いので、やっぱり私たちがやらないとね。それに祐一郎くんも手伝ってくれたし・・・」
「そうか、青木くんも・・・」
「今日は仕事で来れなかったけど、祐一郎くんって本当にいい人ね」
青木について楽しそうに話すみなみの様子を見て、信子は、みなみが青木のことを信頼していると感じた。
報告会での3家族に対する心の説明は、プライバシーに配慮して個別に行われた。
もちろん参加した3世帯の家族も、知り合いの前屋敷県議が熱心に勧めたから来ただけで、期待して参加したわけでないのは、信子も良くわかっていた。
それでも、家族しか知りえない人の名前や家族のエピソードなどが心の口から語られると、それまでの疑い深い表情が消え、誰もが心の説明に聞き入っていた。
そして、突然の災害で命を奪われた犠牲者が残された家族にどうしても伝えたかったことなどを心から聞き、ほとんどの人が涙を流していた。
「亡くなった家族の気持ちを教えてもらえるなんて、うそだと思って今日ここに来たんですけど、来てよかった」
「私は勘当されたも同然の状態で親元を出てしまったんですが、今回亡くなった両親の私たち子供への気持ちを知ることができ感謝しています。ありがとうございました」
「本当に児玉心さんの力はすごいですね。今でも信じられないですが・・・」
参加者からは感謝の声が寄せられ、報告会は無事終了した。
それから、信子と心、それに前屋敷親子の4人は会場の公民館の清掃を終えた後、山岡栄一郎と両親が土石流災害で命を落とした現場にもう1回行って一連の経緯の報告とお別れの挨拶をしようということになった。
災害の現場は、住宅があったと思われる場所に花束が手向けられている他は静まり返っており、ここで大勢の人たちが亡くなったとは、とても思えないなと信子は思った。
信子たちはしばらく、栄一郎に届いてほしいと思いながら語り合い、最後には黙祷を捧げた。
前屋敷県議はその場にいた誰よりも長く、黙祷していた。
「さて、もう行こうか・・・」
「・・・ちょっと待ってください!」
突然、心が声を上げた。
「どうしたの?心くん」
「信子さん、声が聞こえるんです・・・誰だろう?・・・ああっ!!」
心は何かに驚いて、大声を上げた。
「心くん、まさか・・・!」
「は、はい。今驚いたのは、栄一郎さんが私の目の前に突然現れたからなんです。皆さんには見えないでしょうが、私たちに向き合っている栄一郎さんの姿が見えます」
「何か私たちに伝えたいことが・・・?」
みなみが聞いた。
「そうだと思います。・・・誠一兄ちゃん、いろいろありがとうございました。『誠一兄ちゃん』って前屋敷さんのことですね?」
前屋敷県議は黙ってうなづいた。
「栄一郎さんは次のように言っています。私は長い間、両親の家に引きこもっていました。『敵艦に一緒に突っ込んで散ろう』と誓った仲間を裏切って生き延びた自分を責めて、自分なんか存在してはいけないと思って・・・ところが、戦争が終わって30年近く経って、南の島でジャングルに潜んでいた日本の軍人が見つかり無事に帰国したとのニュースがあったことを聞き、考えが変わったんです」
「あの戦争では、お国のために役に立てればと思って特攻隊に志願したけれど・・・今考えると日本人だけでも300万人以上が亡くなった、あの戦争のようなことは、今後あってはならないし、ましてや特攻のような悲惨な戰いは二度としてはならない」
栄一郎はさらに続けた。
「そう思ったら、今私が、お国のため、いや国民のためにできることといったら、引きこもりをやめて家の外に出て、平和の大切さを訴える事だと思っていたんですが、何もかも遅かった・・・結局死んでしまって、心残りだったけど、誠一兄ちゃんが僕のために泣いてくれるのを見て救われました」
「そうだったのか・・・」
前屋敷県議が感慨深げにつぶやいた。
「誠一兄ちゃん、兄ちゃんがいなかったら僕はどこの誰か分からないまま死んでいかなければならないところだったよ。兄ちゃんのおかげで安心して旅立てます。本当にありがとう。・・・ああ、もう行ってしまったみたい、ですね」
最後は前屋敷県議への感謝の言葉だった。
「栄一郎が、せっかく自分の生きる道を見つけたというのに・・・生きていて欲しかった・・・栄一郎・・・栄一郎」
前屋敷県議は泣きながら何度も元特攻隊員の名前を繰り返していた。
帰りの車の中。
心が信子に語りかけた
「実は、一つ気になっていることがあるんです。前屋敷さんと、僕の父の話をした時なんですが…」
「うん。それがどうしたの?」
「父の死について責任を感じていると話していましたが、なんとなく、違和感があったんです。何か、大事なことを隠しているような・・・」
「ええ?前屋敷さんが・・・?」
「いえ、すみません。僕の考えすぎかもしれませんね」
そしてその数日後、事態は大きく動いていく。
心の父親の死に関する、大事なものを持って
あの男がやってきた。
(第8話終わり)
家族への参加呼びかけは前屋敷親子が中心になって行った。
「それぞれの家族への連絡や呼びかけなど大変な作業をお願いしてごめんね」
信子が言うと、みなみは
「正直、大変だったけど、地元でなければ分からないことも多いので、やっぱり私たちがやらないとね。それに祐一郎くんも手伝ってくれたし・・・」
「そうか、青木くんも・・・」
「今日は仕事で来れなかったけど、祐一郎くんって本当にいい人ね」
青木について楽しそうに話すみなみの様子を見て、信子は、みなみが青木のことを信頼していると感じた。
報告会での3家族に対する心の説明は、プライバシーに配慮して個別に行われた。
もちろん参加した3世帯の家族も、知り合いの前屋敷県議が熱心に勧めたから来ただけで、期待して参加したわけでないのは、信子も良くわかっていた。
それでも、家族しか知りえない人の名前や家族のエピソードなどが心の口から語られると、それまでの疑い深い表情が消え、誰もが心の説明に聞き入っていた。
そして、突然の災害で命を奪われた犠牲者が残された家族にどうしても伝えたかったことなどを心から聞き、ほとんどの人が涙を流していた。
「亡くなった家族の気持ちを教えてもらえるなんて、うそだと思って今日ここに来たんですけど、来てよかった」
「私は勘当されたも同然の状態で親元を出てしまったんですが、今回亡くなった両親の私たち子供への気持ちを知ることができ感謝しています。ありがとうございました」
「本当に児玉心さんの力はすごいですね。今でも信じられないですが・・・」
参加者からは感謝の声が寄せられ、報告会は無事終了した。
それから、信子と心、それに前屋敷親子の4人は会場の公民館の清掃を終えた後、山岡栄一郎と両親が土石流災害で命を落とした現場にもう1回行って一連の経緯の報告とお別れの挨拶をしようということになった。
災害の現場は、住宅があったと思われる場所に花束が手向けられている他は静まり返っており、ここで大勢の人たちが亡くなったとは、とても思えないなと信子は思った。
信子たちはしばらく、栄一郎に届いてほしいと思いながら語り合い、最後には黙祷を捧げた。
前屋敷県議はその場にいた誰よりも長く、黙祷していた。
「さて、もう行こうか・・・」
「・・・ちょっと待ってください!」
突然、心が声を上げた。
「どうしたの?心くん」
「信子さん、声が聞こえるんです・・・誰だろう?・・・ああっ!!」
心は何かに驚いて、大声を上げた。
「心くん、まさか・・・!」
「は、はい。今驚いたのは、栄一郎さんが私の目の前に突然現れたからなんです。皆さんには見えないでしょうが、私たちに向き合っている栄一郎さんの姿が見えます」
「何か私たちに伝えたいことが・・・?」
みなみが聞いた。
「そうだと思います。・・・誠一兄ちゃん、いろいろありがとうございました。『誠一兄ちゃん』って前屋敷さんのことですね?」
前屋敷県議は黙ってうなづいた。
「栄一郎さんは次のように言っています。私は長い間、両親の家に引きこもっていました。『敵艦に一緒に突っ込んで散ろう』と誓った仲間を裏切って生き延びた自分を責めて、自分なんか存在してはいけないと思って・・・ところが、戦争が終わって30年近く経って、南の島でジャングルに潜んでいた日本の軍人が見つかり無事に帰国したとのニュースがあったことを聞き、考えが変わったんです」
「あの戦争では、お国のために役に立てればと思って特攻隊に志願したけれど・・・今考えると日本人だけでも300万人以上が亡くなった、あの戦争のようなことは、今後あってはならないし、ましてや特攻のような悲惨な戰いは二度としてはならない」
栄一郎はさらに続けた。
「そう思ったら、今私が、お国のため、いや国民のためにできることといったら、引きこもりをやめて家の外に出て、平和の大切さを訴える事だと思っていたんですが、何もかも遅かった・・・結局死んでしまって、心残りだったけど、誠一兄ちゃんが僕のために泣いてくれるのを見て救われました」
「そうだったのか・・・」
前屋敷県議が感慨深げにつぶやいた。
「誠一兄ちゃん、兄ちゃんがいなかったら僕はどこの誰か分からないまま死んでいかなければならないところだったよ。兄ちゃんのおかげで安心して旅立てます。本当にありがとう。・・・ああ、もう行ってしまったみたい、ですね」
最後は前屋敷県議への感謝の言葉だった。
「栄一郎が、せっかく自分の生きる道を見つけたというのに・・・生きていて欲しかった・・・栄一郎・・・栄一郎」
前屋敷県議は泣きながら何度も元特攻隊員の名前を繰り返していた。
帰りの車の中。
心が信子に語りかけた
「実は、一つ気になっていることがあるんです。前屋敷さんと、僕の父の話をした時なんですが…」
「うん。それがどうしたの?」
「父の死について責任を感じていると話していましたが、なんとなく、違和感があったんです。何か、大事なことを隠しているような・・・」
「ええ?前屋敷さんが・・・?」
「いえ、すみません。僕の考えすぎかもしれませんね」
そしてその数日後、事態は大きく動いていく。
心の父親の死に関する、大事なものを持って
あの男がやってきた。
(第8話終わり)