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文字数 842文字
私は、律子さんちに押しかけていた。
あの時以降、アキラくんの姿を見かけなくなった。ハトの血だらけのままのアキラくんとマンションの前で別れて、お疲れ様って言って、それっきり。交換した連絡先もなしのつぶてだし……。社長もなんだか私を避けているよう気がする。こうなったら、アキラくんと一緒に住んでいる律子さんに、直接アキラくんの様子を聞いた方が早い。そう思ったのだ。
「ここんとこ仕事が押しててね。ゆっくり買い物に行く暇もないのよ。お紅茶くらいしか出せないけど、ごめんなさいね」
律子さんはいつものように柔らかい物腰て、香り高いアールグレーのカップを持ってきた。
「ところで、お話って何かしら」
向かいに腰かけた律子さんが首を傾げた。私が来て、用件が解らないってことは無いんじゃないでしょうかね。腹の中で毒づきながら、私はにっこり微笑んだ。
「最近、アキラくんに会わないんですけど。どうしたんですか?」
「ああ、あの子。帰ったわよ」
「え?」
「仕事終わったから、帰ったわ」
律子さんは当然でしょ、という顔でこちらを見る。
え? そんな……急に?
「帰るって……」
私に、何も言わずに? あんなに落ち込んで、暗い表情で、黙っていなくなるなんてそんな……。
私は席を立った。律子さんは驚いて私を見上げた。くるりと振り返って廊下へ戻る。
「あら、ウララちゃん! ウララちゃんってば!」
律子さんが追いかけてくるのも構わず目につく扉を全部開けていく。
「アキラくん? アキラくん? 居ないの?」
失礼は承知だけど、そうでもしないともう、アキラくんには会えない気がした。律子さんが嘘をついているとも思えなかったけど、本当に私に黙ってどこかに帰ってしまったとは思いたくなかった。
突き当りの扉のノブに手を掛けると、後ろで律子さんが、ああっ! そこは! と声を上げた。でも、私は止まらなかった。
開いた部屋は、ベッドルーム? 白いシーツを纏って、裸同然の姿で寝そべっていたのは、あの最上階の女性だった。