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文字数 1,316文字
「アキラくんも一緒だぞ」
と社長から意味深に目配せされて、平静を装うのに苦労した。何よ。なんかバレてるの? そりゃ、アキラくん素敵だから、一緒に仕事をするのはヤブサカでない。傍で見てるだけでもテンションが上がるというものだけど、なんかちょっとそれは失礼っていうか、下衆っていうか、……。
独りで悶々しながらアキラくんのマンションへ行く。あら、なんかこの言い方もどうなんだ? ちょっと、違う意味に聞こえちゃったりしない……でもないわ。単に、アキラくんと一緒に護衛対象に会いに行くだけの話なのに。
マンションのエントランスで待っていたアキラくん、今日は黒のTシャツにスキニーパンツというシンプルな格好だった。
「え? 今日は会社から直で寄ってくれたんですか? お疲れなのにどうもありがとうございます」
やっぱりアキラくん、優しい。こちらから何も言っていないのに、服装で察したのだと思う。
「ううん。気にしないで。一旦家に帰っちゃうと、外に出るのが億劫になっちゃうから」
これは本当に正直なところ。外では気を張っていても、家に着くと疲れを自覚しちゃうからなんだと思うんだけどね。
「ウララさん、動物は大丈夫?」
「ペットの話? 実家では犬を飼ってたわ」
「じゃ、大丈夫ですね」
移動しながら社長からの指示を確認して、一緒に護衛対象者のフロアに向かう。エレベーターの籠の中で、操作盤の前にいるアキラくんのTシャツのバックプリントに、何の気なしに目が行った。
Beware that, when fighting monsters, you yourself do not become a monster… for when you gaze long into the abyss. The abyss gazes also into you. (怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ)
あ、これ、ニーチェ……だったっけ? 後半は有名なミームだけど、前文ってそんなだったのね。一体、どこでそんなTシャツを見つけてくるんだか……。
ふと視線を移すと、鏡面のエレベーター扉越しにアキラくんと目が合った。くるりと振り向いたアキラくんは、両眼を三日月にしてニィッて言葉が似合いそうな笑顔を作ると、鉤爪の形にした両手を顔の傍に添えた。次の瞬間、黒目がちのキラキラした目を見開いて、ひかえ目の「ガオー」。
……無事、尊……死……。
チーン。
該当階に到着してエレベーターの扉が開いた。アキラくんはスンとして、跳ねるように先を歩いていく。
ヤバいわ。お姉さん、新しい扉が開いてしまいそうよ。