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文字数 1,246文字
あの夜、あの後、ちゃんと家まで帰れたのかな。それとも、あのまま警察に引き渡されちゃったりしたんだろうか。律子さんはノーコメントを貫いていたし、黒服は「ご安心ください」と言うだけだったので、ちょっぴり心配だったんだ。
何回か逡巡した後呼び鈴を押すと、聞き覚えのあるコンビニの入店音がしてビックリした。
「……はい。どちら様ですか?」
扉の向こうからくぐもった柴田さんの声がする。寝てたのかな? もう昼だけど。
「柴田さん、こんにちは! 相馬瞳です」
扉の向こうで息をのむ気配。やっぱ、気まずい……んだろうな。
しばらーくしてから、扉がそぉっと開いた。隙間から柴田さんのオドオドとした目が覗く。
「ああ……アキラくん」
「はい」
にっこり笑って答えると、玄関扉がガバッと開いた。
「ごめん! 済まないっ! ホントに、ご迷惑をっっ!」
柴田さんは玄関から跳び出すと、地べたに這いつくばって大きな声で謝罪の言葉を繰り返しだした。突然のことにオレは面食らって飛びのいた。
「え? ええ? ちょっと、こんなとこで……。柴田さん?」
這いつくばった柴田さんは顔を上げようとしない。
困ったな。とにかく柴田さんの身柄を玄関内に押し込んで扉を閉める。それでも柴田さんは三和土にしゃがみこんだままだ。
「柴田さん。オレ、怒鳴り込みに来たんじゃないんです。あの後、ちゃんと帰れたのかそれが心配で様子を見に来たんですよ」
「へぇっ?」
ようやっと柴田さんは顔を上げた。それにしても、この態度の急変は一体どうしたことだろう。
「柴田さん?」
「……リーダーが………入院したんだ」
リーダーって……えっと、あのビラの出所団体のボスか。電波が過ぎて医療保護入院にでもなったのかな。オレは柴田さんの目線までしゃがみこんだ。
「駅前公園で会った時、まだ柴田さんは団体に半信半疑みたいな感じだったじゃないですか。先日の夜は、一体どうしちゃったんです?」
「それが……」
柴田さんはまた俯いた。まぁ、なんかあったんだろう。知らんけど。
「柴田さん。柴田さんが見たのは、これなんですよね」
オレは、パーカーのポケットからハトに埋め込んだ情報収集ギミックの一部を取り出して見せた。俯いた柴田さんの表情は見えないが、明らかに硬直したのが見てとれた。
「これは、あくまで体内標識です。飼い犬でいうところの個体識別用マイクロチップみたいなもんですよ。GPSデータを記録しておかなくちゃいけないので、記憶媒体分だけ大きくなってしまします」
後半は丸きり出鱈目だけれど、顔を上げた柴田さんの表情は不思議とすっきりしていた。まぁ、こんな理由で納得したみたいだった。
「じゃぁ……ハトは……」
「監視なんてしてません。オレはホントにハトが死んだ理由を調べていただけです」
「ああ……よかった」
安堵の表情を浮かべた柴田さんの前に、オレは人差し指を立てて畳みかけた。
「監視していたのは、カラスの方です」
柴田さんは目を見開きオレの顔を見つめた。